EURO2020グループステージ、グループFの最終節。試合終盤の84分、ドイツの同点弾がハンガリーのゴールネットを揺らした瞬間、レオン・ゴレツカはチームメイトがいる方向とは逆の場所へ走り始めていた。そして、相手チームのゴール裏を挑発するかのように、両手でハートを作って見せた。それは彼なりの抵抗だった。

中継でも見られた、ハンガリーの後押しのために声を張り上げる黒Tシャツ姿の男たち。彼らはただのグループではない。『Carpathian Brigade』(カルパチア旅団)という過激な極右思想を持つ集団で、ヨーロッパの中で最も暴力的で影響力のある準軍事組織としても知られている代表の公式応援団でもある。その核となっているのはブダペストのクラブ、フェレンツヴァーロシュのウルトラス“Green Monsters”。反ユダヤと人種差別主義を掲げる過激な武闘派グループだ。

旅団は事前にハンガリー中の他クラブのウルトラスグループに(普段は敵対している相手にも)一致団結して応援しようと呼びかけていた。さらにこの大会では一般のファンらを巻き込んで、ウルトラスとフーリガンによる巨大な混成集団が結成されていた。ちなみにカルパチア旅団とは、第二次大戦時にナチスドイツの指揮下に入ってソ連などと戦ったハンガリー軍の部隊名である。

ハンガリーはグループリーグでポルトガルやフランスと対戦をしているが、その両試合で相手選手…特に黒人選手への差別的チャントや、“モンキーチャント”と呼ばれるサルの鳴き真似声があがっていた。このおぞましいチャントは旅団が陣取るゴール裏の先頭あたりから聞こえてきたと、スタジアムにいたカメラマンがフランスのレキップ紙の取材に答えている。

2010年から極右政党による政権が続いているハンガリー。先日は若者への同性愛、性転換についての情報や教育を制限する法案を可決しており、周辺国からLGBTへの差別だとして激しい反発が起きている。これに対し、ドイツvsハンガリーの開催地であるミュンヘン市は、抗議のためにアリアンツ・アレナをLGBTの象徴であるレインボーカラーにすることを提案。結果としてこのアイディアはFIFAから「政治的」として却下されたが、SNSではスタジアムを虹色に染めようと様々な試みが呼びかけられ、スタジアム周辺ではLGBT支援組織から1万1千本ものレインボーの旗が提供された。

一方、旅団らの蛮行はミュンヘンでも繰り返された。試合前は市内中心部をねり歩き、同性愛反対を大声で叫び、人種差別的チャントを歌い続けた。さらに仲間のウルトラスグループの中には、レインボーフラッグを奪ってきた者に無料でステッカーと黒のTシャツを提供すると伝えていた。さらにスタジアム内では「ドイツ!ドイツ!同性愛者!」といったひどいチャントも歌われた。そんな雰囲気の中でのドイツの起死回生の一撃。レオン・ゴレツカのゴール後のパフォーマンスには、旅団らの行き過ぎた行為に対して明らかな、そして強い抗議が含まれていた。

様々な人種で構成されるのが当たり前になっている現代社会において、他者を否定する行為は許しがたいこと。とはいえ、例えばドイツ代表では今もなおリロイ・サネやイルカイ・ギュンドアンらが自国の観客から罵声を浴びせられているのが現状だ。ゴレツカは2019年3月のセルビア戦後の会見でこう語っている。
「(差別行為は)本当にゾッとする。フットボールで話すことじゃないし、関係ない。」

ハンガリーに限らず、各国のウルトラスの中にはネオナチの思想を強めているグループが少なくない。またフットボールを通じた極右勢力のネットワークも年々広がり始めている。非常に根深い。そして解決には根気もいる。だが、決して目を背けてはいけない問題である。
投稿者プロフィール
