文化・歴史

さあ、殴り合え!?ロシア発の仰天フーリガン対策

大規模な世界大会が行なわれるたびに問題になるのが、フーリガンへの対策だ。この破壊と暴力を振りまく暴徒たちの対応に、各国の当局者は常に頭を悩ませてきた。そんな中で2017年、自国でのワールドカップ開催を翌年に控えていたロシアから、斬新で奇抜なアイディアが発信された。「暴れたければ暴れればいい」という、これまでの概念を覆すフーリガン問題解決のための妙案とは。

2016年に起きたマルセイユでの暴動。ロシアのフーリガンたちの目的は試合を観ることではなく、ただイングランドサポーターと戦うためだけだった。

EURO2016フランス大会、マルセイユでのイングランドvsロシアの試合前後にサポーター同士の大規模な衝突が発生した。死者1名と多数の負傷者、逮捕者を出したこの事件には、近年増大しているロシアの極右サポーター、フーリガンたちが大いに関与していたと言われている。これを受けて翌2017年に英BBCが『Russia’s Hooligan Army』というドキュメンタリーを放送、国内外で大きな話題となった。画面に映し出されるロシアン・フーリガンたちの総合格闘家さながらの身体もさることながら、番組最後に彼らの1人が語ったコメントがイングランド人たちを震えあがらせた。

「俺たちの対戦相手は当然イギリス人だ。奴らはフーリガニズムの祖先だからな。多くの人間にとっては(ロシア・ワールドカップは)フットボールの祭典だろうが、それ以外にとっては暴力の祭典になるだろうよ。」

英BBCがロシアW杯の前年、2017年に製作した『Russia’s Hooligan Army』。(※英語)【一部暴力シーンがあります】

ソビエト崩壊後、当時のロシアの若者たちは西側のカルチャーに飢えていた。そのため彼らは、特にイギリスから伝わるファッションや音楽を貪欲に吸収していく。それはサッカーについてもまた同様であり、ロシアのサポーターたちは80年〜90年代の“カジュアルズ”から服装や行動など、全てを模倣していった。故に彼らにとっての“祖”であるイングランドのフーリガンと戦うことは、(極めてファシズム的な意味として)栄誉なことだと考えているのだ。

ロシアン・フーリガンのお手本であった80年代の“カジュアルズ”。だが現在のロシアには、古き良き時代を感じさせる痕跡は一片も残っていない。

治安を不安視する声があがる中、ロシア当局はBBCに激しく抗議。W杯本大会の安全に万全を期すことを改めて主張し、この騒動の火消しにかかった。

だが一方で、火消しどころか薪をくべた人物がいた。ロシア下院の副議長であり、ロシアサッカー連合の理事でもあるイゴール・レベデフ氏。前述のマルセイユの暴動を起こしたフーリガンたちを「本気のサポーターだ」と擁護した過去がある人物だ。その彼の、ある驚きの提案でさらに世界を驚かせた。「フーリガン同士の争いを、きちんとしたルールのもとでチーム競技にしよう」というのだ。

ロシアがW杯のフーリガン対策の一環として開発したロボット“AlanTim”。英語で案内をし、何かあれば警察に通報してくれる。旅行者の助けになるはず…だったが、地元のドライバーにバットで殴られ破壊された不憫なヤツ。

レベデフ氏が『Draka(ドラカ ※ロシア語で“喧嘩”の意)』と名付けたこの新競技は、彼が所属しているロシア自由民主党のウェブサイトに明文化されたルールが記載されている。(※ただし現在は見ることができない)「法執行機関の関係者、および医療従事者がそばにいる状況で行なう」、「参加者は双方からそれぞれ20人を選抜」、「武器は一切持たない」、「防具は使用してもいいが、ヘルメットは不可」などなど。レベデフ氏は「大勢でやるアマチュアボクシング」をイメージしていると語っている。

レベデフ氏の“妙案”を伝えるBBCのツイートに、いち早くゲーリー・リネカーが反応。「なんだって?正気か?」

「サポーター同士の衝突は最低限抑えられることはできても、完全になくすことはできない。それはどの国でも不可能だ。ならば明文化したこのルールをもとに議論を進めた方がいい。我々はこの新しいスポーツのパイオニアになるべきだ。」(russian.rt.com 記事より)

フーリガン同士のイザコザをスポーツ競技化するにあたり、最も大きな障壁となるのがロシア国内の法整備だ。例えば、相手に対する残虐行為や個人の名誉・尊厳を辱めるような行為、暴力・残虐行為の宣伝をすることはできない。もちろんスポーツなのだから、生命の危険や健康を害するような行為も極力避けなければいけない。ドラカが成立するには、ボクシングや総合格闘技のような厳格なルールを策定しなければならないのだ。

サポーター同士の大きな衝突もなく無事に終えた2018年ロシアW杯。イングランドサポーターはいつも通りのはしゃぎっぷり。

結果、危惧された騒動も起きることもなく終えたロシアW杯。ドラカのスポーツ競技化が成立する前に、自然と話題もたち消えとなった。が、あくまでそれは表向きの話。国内のウルトラスの間では、既にこの競技感覚で行なわれる決闘が定着しており、男性グループのみならず女性や子供たちも参加する様になった。彼らは擬似的な軍事組織の体をなしており、戦うことによって愛国心やクラブ愛、忠誠心を示せると強く信じている。問題なのは、そうした参加メンバーの多くが人種差別、移民排斥、白人至上主義を唱えるネオナチと密接に結びついているという点だろう。

CSKAモスクワとゼニト、双方のウルトラスによる10vs10のドラカ。終われば互いに健闘をたたえあう不思議な世界。【暴力シーンがあります】
女性のみのウルトラスグループによるドラカも。カメラにポーズをとる彼女たちの多くは10代だ。

ドラカの影響はロシア国内だけにとどまらず、同じく極右化が進む周辺のヨーロッパ諸国のフーリガングループへと飛び火していく。2018年4月にはスペインに初上陸。レアル・マドリードとマラガ、それぞれのフーリガングループである“Ultras Sur”と“Costa Nostra”の戦いがメディアに報道されると、以降スペイン国内でも急速にドラカが広まることとなった。

レアル・マドリードの“Ultras Sur”とアトレティコ・マドリードの“Frente Atlético”、ウルトラス同士10vs10のドラカ。
かつてはベルナベウのゴール裏を彩ったUltras Sur。近年では極右化が進み、現在はペレス会長によって“出禁状態”に。

問題解決どころか、新たなフーリガン文化のパイオニアとなったロシア。増大していく極右勢力と日常化してしまった暴力に対し、各国の当局者たちは再び頭を悩ませている。

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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