文化・歴史

クラブ創立以来無敗!?謎だらけのチームがアメリカにあった!

現在注目度急上昇中のMLS(メジャーリーグサッカー)。そのMLSを生み出したアメリカで、2014年の設立以降、着実にファンを増やし続けているクラブがある。ニュージャージー州を本拠地とする、アズベリー・パークFCだ。ただしこのクラブ、これまでにタイトルを獲った記録なし。有名選手を獲得したこともなし。にもかかわらず人気は右肩上がり。いったいどんな理由が?

ニュージャージー州アズベリー・パーク。ニューヨークから車で1時間半ほどの場所にあり、かつては余暇を楽しむニューヨーカーたちの海岸リゾート地として賑わっていた。また「BORN IN THE USA」の大ヒットなどで知られる、“ボス”ことブルース・スプリングスティーンの活動の原点とされる街でもある。

日本人にはなかなか馴染みのない土地ではあるが、この地に今人気上昇中のサッカークラブが存在する。『アズベリー・パークFC』(※以後、APFC)は2013年、MLSクラブのSNSアカウントを複数管理・運営をしていたショーン・フランシスと、ニュージャージーで活動をしていたイギリス人ギターリストのイアン・パーキンスの2人が出会ったことで始まった。熱烈なサッカーファンだった彼らは意気投合。翌2014年には“For Modern Football”をコンセプトとしてAPFCを設立し、Twitterに公式アカウントを立ち上げた。新クラブのモットーは志高く、「無敗!今日も、明日も、永遠に!」となった。

APFCの設立者にしてチェアマンのショーン・フランシス(左)とイアン・パーキンス。(右)

ソーシャルメディアに長けているショーンと、ショービジネスの世界に顔が利くイアンのおかげで、APFCの名前は瞬く間に広がっていった。Twitterのフォロワーには無条件で公式会員カードが配られたが、初日の夜までに600枚を用意しなければいけないほどだった。ニュージャージーは野球やゴルフ、アメフトなど数多くのスポーツの発祥の地であるにも関わらず、ほとんどのチームはブランディングのために近隣のニューヨークへ移っており、ニュージャージーを名乗るのはホッケーチームひとつのみ。そんな中でAPFCはサッカーファンだけでなく、ニュージャージーの人々の地元愛を刺激することで、その後も順調にファンを獲得していった。

マルセイユのファンとの記念写真。(※APFC公式インスタグラムより

さて、ディープなサッカーファンの方はもうお気づきだろうが、ここまで書いたところでネタばらしをしておこう。このAPFC、実はMLSに所属していない。それどころか2部以下相当の独立リーグに所属してもいないし、スタジアムも持っていない。選手とは誰一人として契約しておらず、当然クラブ設立以来試合をしたこともない。(だからクラブのモットーは永遠に守られるのだが…)そう、APFCは架空のクラブなのだ。

APFCのホームスタジアムは、街の会議場の屋上に建てられた収容人数5,000人の“サメソン・パーク”…という設定。考えたのはスリランカからの留学生。

サッカークラブを名乗るアパレル会社というと言い過ぎだろうが、実際そうした批判を受けることは少なくない。設立者の一人であるショーンは英BBCのインタビューにこう語っている。

率直に言って、アメリカのサッカーっていうのは、人々が何もないところから生み出しているものだからね。

20世紀になってサッカーの歴史を始めた我々だが、他国はすでにリーグや文化、伝統が確立されていて、追いつこうにもはるかに先に進んでいる。だから我々は自分たちで小さな世界を作ろうとしているんだ。

2021年、クラブの新たなタッグパートナーはニューバランスに。早速発表された“ブラックアウト・スクワッド”コレクションも売上好調だ。

一方で、こうしたジョークを楽しんでいる多くの人々、特にこれまでスポーツの分野で過小評価されてきたニュージャージーのサッカーファンたちが実在しないクラブを地元の代表として支持している、というのもまた事実。もう一人の設立者、イアンは同じBBCの取材にこう答えている。

誰もフラッグをふる人もいなければ、それに文句を言う人もいないからね。何より素晴らしいのは、僕らがニュージャージー唯一のクラブチームだってことなのさ!

ファンが彼らのジョークに楽しんでいるかどうかは、クラブグッズの売り上げにもよく表れている。これまで100種類以上(!)のデザインのシャツをリリースしているものの、ほとんどが即完売。もちろんこれらの商品にも、ヨーロッパのクラブのユニフォームから影響を受けたと思われるユーモアがバッチリ込められている

胸スポンサーには、あの世界的電機メーカーをもじった「SAMESONG」の文字。他のシャツにもサッカーファンが見れば思わずニヤリとする、どこかで見たようなロゴが。ここにもクラブのユーモアが。

またクラブのインスタグラムには、APFCのシャツを手にした俳優のダニー・デビート(※出演作は『ツインズ』、『バットマン・リターンズ』、『エリン・ブロコビッチ』など)やゲイテン・マタラッツォ(※『ストレンジャー・シングス』など)、パンクロックバンド『バッド・レリジョン』のブライアン・ベイカーといった地元出身のセレブがたびたび登場。宣伝効果としては絶大だ。こうしたマーケティング上の戦略にも、ショーンとイアンの経験が活かされていると言えるだろう。

アズベリー・パーク ミュージック+フィルムフェスティバルに参加したダニー・デビート、APFCのシャツを手にしての1枚。

もちろんこうしたジョークがトラブルを引き起こすこともある。例えば設立当初からクラブのサプライヤーであったアンブロとは、当初実在しないクラブとの契約に「一部の従業員がわかっていなかったおかげで、アンブロのロンドンのオフィスがパニックになったことがあるよ」と、ショーン。他にも「シーズンチケットはどこで買えるのか」、「オープントライアウトを開催すると聞いた」という、勘違いによる問い合わせは絶えないという。

APFCのエンブレムのモチーフになっているのは、街で最も有名な壁画。この不思議(不気味?)なデザインの彼を、クラブは非公式キャラクター「ティリー」とした。キャラの名は、チームの愛称「ティリーズ」の由来となっている。

本物のサッカークラブと錯覚してしまうほど、練りに練られたAPFCのプロジェクト。彼らの成功は、ユタ州ソルトレイク・シティーのソルトエアFCや、ペンシルベニア州フィラデルフィアのフィッシュタウンFCといった架空クラブのフォロワーを生み出すほど、多大な影響を与えている。だがショーンとイアンは、あくまでこれをビジネスではなく趣味だと言い切る。

冬のジャージーショアは退屈なんだ。することは何もない。

どんな暇つぶしでも、やることは常に徹底的。彼らは更にアズベリー・パークに隣接するライバルチーム、ネプチューン・シティFC…の設定追加にも力を注いでいる。歴史や伝統がない分、好きに作れる。いかにもアメリカらしい、自由な発想ではないか。

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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