その潤沢な資金と選手層から、“ニューヨーク・ヤンキース”や“レアル・マドリード”と並び称されるサッカーチーム、クラブ・アメリカ。メキシコ国内で最も人気のあるクラブであり、また同時に国内で最も嫌悪される対象でもある。常に話題の中心にいる絶対王者、彼らのファンが胸をはる“悪役”としてのプライドとは。
メキシコ1部リーグ優勝13回、国内カップ戦制覇6回、国際タイトルは10度輝いているクラブ・アメリカ。メキシコの世論調査では、国民の約3割が彼らを支持している、メキシコを代表するクラブだ。また国外でも人気があることでも有名で、アジアではNo.1、南北アメリカではコリンチャンスやボカ・ジュニアーズに次ぐ大勢のファンを持っている。非常に興味深いのは、同時に国民の約4割から嫌われているという事実だ。そんな彼らは、多くのニックネームが付いている。

“エストゥディアンテス(学生)”はクラブができて間もない頃、大学生のチームを起源としていることから付けられた初期の呼び名。“アズールクレマ(ブルー&クリーム)”、“カナリア”はクラブ創設以来から続く、彼らのユニフォームの色から由来している。1980年代初頭には新たなクラブイメージを模索し、“アギラス(イーグルス)”というニックネームを自ら付け、一大キャンペーンを実施。現在は多くのファンに好まれる呼び名となっている。だが最も有名で、かつ最も悪名高いニックネームは、おそらく“ミリオネタス(億万長者)”だろう。最もメキシコで愛されるサッカークラブに対し、アンチファンは侮蔑の意味を込めて呼び続けている。
長く資金繰りに苦しんでいたクラブが、その悩みを解消したのは1959年のこと。メキシコの主要TV局『テレシステマ・メキシカーノ』(※現在クラブを所有しているTV局『グルポ・テレビサ』の前身)のオーナー、エミリオ・アズカラガ・ミルモが首都のクラブを買収したのだ。エミリオは早速、ビッグクラブになるための方策を立てた。まずは当時国内タイトルを総なめにしていた南部のクラブ、アトレティコ・サカテペクで手腕を発揮していたギレルモ・カニェド・デ・ラ・バルセナという人物を引き抜き、自クラブの新たな会長に据えた。さらにエミリオは潤沢な資金を使い、有名選手や優秀なスタッフをかき集めてクラブを強化。80年代のクラブ黄金期の礎を作った。彼がチームを買収した際の、「私はサッカーについてはあまり知らないが、ビジネスについてはよく知っている。諸君、これはビジネスになるだろう。」と選手たちに語った逸話は有名だ。

クラブ・アメリカの方向性を決定づけたエミリオ・アズカラガ・ミルモのチーム強化は、現在のオーナーである孫のエミリオ・アスカラガ・ジャンに引き継がれていく。「一定期間メキシコに滞在していた外国籍選手は、メキシコ人枠として起用できる」というリーガMXのルールをフル活用し、国外から優れた選手を次々と獲得。リーグが、外国籍選手の増加がメキシコ人の育成を阻害するとして、メキシコ人選手の登録を一定数義務付けると、今度は国内ライバルチームから有望な若手を次々と引き抜いていった。
憎っくきクラブ・アメリカの強みはそれだけにとどまらない。他のクラブが、チームPRのために自前のメディアを用いているのに対し、アギラスのオーナーはラテンアメリカでも有数のメディアネットワーク。四六時中、クラブ・アメリカの情報を存分にお茶の間へ流すことができる。視聴者にとって彼らがポピュラーな存在となればなるほど、自然とクラブの人気は増していく。それで結果、国内外の大会で次々にタイトルを獲得していくのだから、周囲のチームのファンからすればたまったものではない。前述の呼び名“ミリオネタス”は、こうした露骨なやり方に対する怒りと嫉妬と反発のあらわれなのだ。

そんな敵だらけのクラブ・アメリカ、中でも最大のライバルとされているのが、国民の実に約4割がファンと言われるメキシコ人気No.1クラブ、“チーバス(※ヤギの意)”C.D.グアダラハラだ。この名門チームは、クラブ創設間もない早い段階からメキシコ人純血主義を掲げており、100年以上経った現在においてもメキシコ人選手のみで構成されている唯一の存在だ。チーバスの貴重な選手の供給源は優れた下部組織にあり、これまで“チチャリート”ハビエル・エルナンデスやカルロス・ベラといった代表選手を多く輩出している。

“首都”にある“裕福”な“多国籍軍団”の「悪者」クラブ・アメリカに対し、“地方”の“労働者”のための“メキシコ人”のチームである「ヒーロー」チーバス。この対立図式はメキシコ特有のある文化の影響もあいまって、メキシコのサッカーファンをさらに熱狂させている。ある文化…、それはルチャ・リブレだ。

メキシコ文化に密接に関わっている格闘技、メキシコスタイルのプロレスであるルチャ・リブレ。1番の特徴は、ルチャドールと呼ばれるレスラーが善玉(リンピオ、またはテクニコ)と悪玉(ルード)に分かれて抗争を繰り広げるところだろう。こうした戦いを見慣れているメキシコの人々にとっては、チーバスはリンピオであり、クラブ・アメリカはルードとして捉えられている。実はこの対立構造は前述のアメリカのオーナー、エミリオの方策のひとつでもあった。彼がクラブを買収した当時、国内で最も人気だったチームが財政的な問題から人気選手を大量放出せざるを得ない事態にあった。そのため多くのファンがチーバスへ流れているのを、エミリオはしっかり把握していた。そこで彼は、あえてクラブ・アメリカをルードとして、そしてチーバスをリンピオとして、両者の戦いをメキシコ人のなじみあるスタイルで盛り上げようと考えたのだ。

ファンもまた、自ら悪役を演じることを楽しんでいる。常に自信満々で、どの試合も勝利することを信じて疑わない。どんな時でもアズールクレマのユニフォームを着こなし、街中を堂々と闊歩する。ふてぶてしく、自信過剰。それがクラブ・アメリカのファンのイメージだ。そして極めつけは、よく使われるフレーズである「Ódiame más(もっと憎め!)」。相手が歯ぎしりしている様を笑ってかわす、いまやクラブ・アメリカを象徴する強烈なメッセージとなっている。

メキシコサッカーでは「クラブ・アメリカに対し、無関心でいられる人間はいない」と言われている。アメリカが勝てばもちろんファンが大騒ぎ、負ければライバルのファンがネットに罵詈雑言を書き込む。メキシコでは、これが試合後の常であり、勝敗に関わらず誰かしらが必ず盛りあがる。そう、話題の中心は常にクラブ・アメリカなのだ。
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