日中韓、そして他の中東勢を押し退け、いまやアジアの最強クラブと呼び声高いのがサウジアラビアを代表するチーム、“The Leader”アル・ヒラルだ。国内リーグ制覇17回、AFCアジアチャンピオンズリーグ3度優勝を含め、これまで獲得したタイトル数61は他の追随を許さない、正真正銘の強豪といえる。そんな彼らを大声援で支えるのが、現地メディアも大絶賛するウルトラス『BLUE POWER』。2019年設立と、まだ若いウルトラスグループにもかかわらず、熱狂的なその理由とは。
サウジアラビアの実質的な国技、サッカー。中でも国内No.1の人気チームが、首都リヤドにあるアル・ヒラルだ。3,400万人と言われるサウジ国民(※2019年統計時点)の実に約1/3、推定1,000万人がこのロイヤルブルーのファンと言われており、グッズを販売するオフィシャルショップは国内のいたるところに存在するほどだ。そしてホームゲームともなれば、キング・サウード大学スタジアムのゴール裏の声援が、敵には津波のように襲いかかり、味方には心強い青い壁となって支えるのだ。この独特かつ圧倒的な雰囲気を作り上げるホームスタジアムのことを、ファンは誇りを持って“オーシャン・オブ・テラー(恐怖の海)”と呼ぶ。

この“恐怖の海”を生み出す中心となっているのは、『ブルー・パワー』と呼ばれるウルトラスだ。彼らが現在の体制になったのは2019年と、まだまだ出来上がってから日が浅いものの、以前より『ウルトラス アル・ヒラル』としてチームを支えてきたモハメド・アル・アフィフィという人物が、引き続きリーダーとして応援を指揮。“中東おなじみの”イスラムの聖典『コーラン』の一節や、独特の節まわしの歌唱といった伝統的なものに加え、海外サッカーのスタイルも取り入れた一糸乱れぬ応援は一見の価値ありで、本家の欧州・南米のウルトラスに匹敵するといっても過言ではないだろう。だが、この情熱的なゴール裏のサポーターたち、驚くべきはクラブ公式Twitterアカウントでの呼びかけに集まったファンばかりなのだ。
19年シーズン開幕前にクラブが告知したのは、ホームスタジアムのゴール裏の約4,000席で応援してくれる熱狂的な新規応援団、『ブルー・パワー』のメンバー募集。参加者全員にはメンバー限定の青いシャツ、そしてシーズンチケットの無料プレゼントという破格の特典が用意されていた。この募集はもちろん大好評。かくして、いささか即席ではあるが、アル・ヒラル公認の大ウルトラスグループがここに誕生したのだった。


ただし彼らに与えられるのは特典だけではない。グループ加入の際には、クラブからいくつかの条件も課せられている。
「世界最大のクラブにふさわしいグループが作る、新たな応援についていくこと」
「できるだけ大勢のファンによる効果的な応援方法を見つけること」
「試合を通じてファンからのポジティブな影響力を高めること」
参加の条件はかなり“意識高め”なものばかりだが、その分集まったメンバーはいわゆる即戦力ばかり。熱いクラブ愛と高い士気を持つ彼らに、地元メディアも「試合中ずっとチームを励まし続け、喜びをもって歌い、選手の名を大声で叫んでいた。その熱意と声は衰えることはない。彼らはしっかりと統率されており、手拍子とチャントがあわさった姿は素晴らしかった。」と絶賛している。


こうしたサウジのサッカーファンの変化の兆し、そのきっかけは2016年かもしれない。敬虔なイスラム国家として知られてきたサウジアラビアは、次期王位継承者である“MbS”ことムハンマド・ビン・サルマンがスタートさせた多角的な改革を機に大きく変わろうとしている。そう、あのニューカッスル・ユナイテッド買収で話題になった新オーナーの彼、である。
政敵となる有力者の排除、政権を批判したジャーナリストの暗殺関与、反体制派市民への監視・拉致・拷問疑惑などなど、周辺がなかなかキナ臭いことになっているムハンマド皇太子。多くの人権団体が彼の独裁者としての危険性を訴える一方で、石油依存から脱却した経済形成を目指す『ビジョン2030』の発表、女性の自動車免許やスタジアム観戦の解禁、映画館の合法化など、イスラムのタブーを恐れない新世代指導者としてサウジ国内の、特に若者たちからの人気は高い。

MbSが推し進める改革は、スタジアムにもまた大きな影響を与えている。これまで厳格なイスラム社会に“乱れた”西洋文化が流入しないよう目を光らせていた、悪名高い宗教警察“ムタワ”から逮捕権を奪ったこともあり、サポーターはこれまでのイスラム法に縛られない、より西洋的で自由な応援が可能となった。彼らの効果的なサポートにより、クラブが国際舞台で活躍をすることは皇太子も大いに望むところ。次期国王の切なる願いは、サッカーによって民間から多くの投資が集まることと、サウジアラビア王国の名を国の内外に広く知らしめることだからだ。

結成翌月に“初陣”を見事勝利で終えたブルー・パワー。その応援の効果が早速あらわれた(?)のが、AFCアジアチャンピオンズリーグ2019決勝第2戦、埼玉スタジアムでの浦和レッズとの大一番だろう。前回アル・ヒラルがACLファイナルに進出したのは2017年は、クラブ創立60周年となる記念すべき年。圧倒的有利との前評判を浦和に覆され準優勝に終わったことは、クラブやファンにとっては大きなキズとなっている。そのため同じ相手との対戦となったこの決勝は絶好のリベンジの機会、アル・ヒラルの意気込みは違った。ムハンマド皇太子もまた、大勢のブルー・パワーのメンバーを埼玉へ送り込むべく、2機のチャーター便を彼らのために用意した。それも2日連続で計4便。最終的に約3,000人の大サポーター集団となった。赤い壁に負けず、力強い青い後押しに助けられたクラブは、見事3度目のアジア制覇を成し遂げたのだった。

サウジのスポーツを統括するスポーツ局は、今後サウジ・プレミアリーグを世界7大リーグのひとつにするという目標を立てている。その実現のために、多くのスター選手を呼び込むための外国人枠拡大や、放映権料の強化、現在王族が管理しているクラブの民営化などを計画中だ。ビジョン2030にあわせて、さらに欧州化が進むサウジサッカー界。MbSを喜ばせる結果が続きさえすれば、彼らブルー・パワーの活躍の場もさらに増えていくことだろう。ただし結果が伴わなければ…、いや、今それを考えるのはやめておこう…。
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