文化

チケット問題で浮き彫りになった、チェルシーが抱えるジレンマ

チェルシーFCのホームであるスタンフォード・ブリッジ、ウエストスタンドのチケットホルダーたちは今、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。それもそのはず、年1,250ポンド(約19万円)だったシーズンチケットが3倍以上、3,950ポンド(約60万円)になるというのだから、騒がない方がどうかしているというもの。当然ながらSNSには怒りと困惑の声がズラリ。それでも値上げを断行したいチェルシーには、他のロンドンのチームとは異なる、複雑な事情があるようだ。

「1試合あたり205ポンド(約32,000円)だって?毎試合Viagogo(※格安チケット販売サイト)で買ったほうがマシ。」

「賢いファンはホームじゃなくて、アウェイゲームに行くもんだよ。」

「300%の値上げは、もはやビジネスではなく強盗だ。チェルシーはチケットホルダーのクラブ愛と忠誠心を利用している。」

「今までクラブが労働者階級のファンに共感し理解してくれていると感じていたのに。支払える金額には限度があるし、私の我慢を超えている。」

チェルシーがホームスタジアムのウエストスタンドを『ウエストビュー』という高いホスピタリティを備えたエリアに改装したことで、多くのファンの怒りを買っている。広いコンコース、360度のバーカウンター、パッド付きのシート、強化されたwi-fi、新設された巨大スクリーン…。当然ながら、この近代的な素晴らしい施設の数々をこれまで通りの料金で利用できる訳もなく、慣れ親しんでいた“かつてのアッパースタンドの住人たち”は、望まないアップグレードに見合うチケット代を黙って受け入れるか、もしくは座席を移動するかの2択を迫られることとなったのだ。

チェルシーがスタンフォード・ブリッジの西側スタンド上層席を改装、新たに“ウエストビュー”というブランドを打ち出した。ホスピリタリティ施設を充実させることで、スポンサー企業の商談や海外ファンのツアーなどの利用が見込まれる。
設計等を担当するKSSのウエストビュー内部とコンコースの完成イメージ動画。チケットにはプレミアリーグのホーム戦すべて、国内カップ戦すべて、ヨーロッパリーグのグループリーグ戦およびノックアウトステージも付随する。

3,950ポンドというと、これまで(ある意味不名誉ながら)プレミア最高と言われていたトッテナム・ホットスパーの2,223ポンド(約34万円)、アーセナルの2,013ポンド(約31万円)のシーズンチケットを大きく上回る額。仮に席を変更する場合は最安席を選んでも1,500ポンド、日本円で約23万円となる予定だ。冒頭の恨み節の数々もうなずける。

レディースチームのマッチデイでのスタンフォード・ブリッジ、ミレニアムシートのホスピタリティ体験動画。

「これまでチェルシーはロマン・アブラモビッチの支援と、選手をうまく売り買いすることで成り立っていますが、クラブとしてはスタジアムその物からより多くの収益を得ようと考えているのです。」

英Daily Mailの取材にチケット値上げ騒動について解説するのは、リヴァプール大学でフットボール金融論の講師を務めるキーラン・マグワイアだ。

「スタンフォード・ブリッジをこれ以上拡張することが事実上不可能であることを考えれば、チェルシーは収益を生み出すという点において、“ビッグ6”の中で最も遅れをとっていると言えます。チェルシーがマッチデイで約7,500万ポンドを稼ぐのに対し、例えばスパーズはというと約1億2,000万ポンドの収益を生み出しているのです。」

車椅子のファンが体験したトッテナム・ホットスパー・スタジアムの豪華なホスピタリティー動画。2019年に開場した収容人数60,000人オーバーのスタジアムには、ミシュランの星付きレストランやビール醸造場まで備えている。

これ以上拡張することが事実上不可能、という言葉には理由がある。青い要塞“The Bridge”は自慢の本拠地であると同時に、実はブルーズにとって頭の痛い問題でもあるのだ。2012年の時点でクラブが抱えている選手費用が世界のスポーツの第4位となったチェルシー。あのヤンキースを超えてしまうほどの人件費を維持するには、収入を増やさなければいけない。手っ取り早い方法は2つ、観戦チケットの値上げか観客数を増やすか、だ。

現在すでに高額になったチケット代をさらに値上げするのは、ファンからの大きな反対もあり困難を極める。さもなくばスタジアムの収容人数を増やすしかない。収容人数41,000人ほどの現スタジアムから、せめて同じロンドンのライバルたちと肩を並べる規模…60,000人収容のスタジアムを新たに建設したいところだが、高級住宅街の中にあるブリッジに拡張できるような敷地の余裕がない。ならば移転した先で新施設建設という選択肢もなくはないが、真のブリッジ所有者である『チェルシー・ピッチ・オーナーズ』(CPO)が首を縦に振ろうとはしないだろう。

クラブから一旦費用を借りて、銀行からスタジアムの不動産所有権などを買い取ったCPO。そのローンの返済費用としてメンバーから1株100ポンドで出資を募っている。ただ現実には返済には程遠く、実質は投資の商品ではなく名誉会員的な扱いがされている。現監督、トーマス・トゥヘルもメンバーの1人だ。

耳馴染みのないこの非営利団体は、一般のファンの持ち株によって運営される1993年設立の組織だ。チェルシーは90年代に資金繰りに失敗、経営難に陥った際に本拠地の土地所有権や命名権などを不動産会社に売却したため、スタジアムから追い出されるという危機に直面していた。CPOは不動産会社倒産後に銀行が差し押さえていたこれら権利を買い取り、以降はクラブに199年間という長期に渡りスタジアムを貸し出している。メンバー一人ひとりがピッチの持ち主。全員がファンであるために悪用も転売もされない。クラブに何が起ころうとも、アイデンティティであるスタジアムを決して奪われない(たとえ相手がアブラモビッチだとしても!)ための“最後の砦”は、世界的にも稀に見るチェルシー独自の仕組みなのだ。ゆえにクラブは彼らの承認なしにこの地を離れることは決して許されず、かつてテムズ川を挟んだわずか3km先の土地に本拠を移転する計画が持ち上がった際も、CPO総会の猛反対によって失敗に終わっている。

テムズ川沿いに立つ、バタシー発電所跡。1983年以降使用されていない廃墟だが、アール・デコ調の内装や印象的な4本の煙突など世界最大級のレンガ建築物として歴史的評価が高い指定文化財。ロンドンでも有名なランドマークのひとつであり、これまでにピンク・フロイドのアルバムジャケットや、ビートルズの映画『HELP!』など数多くの作品に利用されてきた。チェルシーは当初4本の煙突を含む建物自体を残したまま、中央部にピッチを設置した開閉式屋根を備えたスタジアムを建設する予定だった。

2015年末、クラブは現施設を解体後に周辺の再開発を含めた地下鉄駅直結の新スタジアムを建設すると発表した。8億ユーロ(約1,040億円)を超える建設資金は、すべてオーナーのアブラモビッチ持ち。すでに地元自治体からの期限付きの建築許可を得ており、2020年には華々しくデビュー…の予定だった。が、ここにきて予想外の“事件”が発生する。2018年にロシアのスパイが起こしたとされる、いわゆる『ソールズベリ毒殺未遂事件』だ。この大スキャンダルをきっかけに英露関係は急激に悪化。豊富な資金力から政治にも介入できるほどのロシア人実業家も、影響で投資家用ビザを失効したまま更新が許されず渡英できない状況に陥った。再びオーナーがようやくロンドンの地を踏むことができたのは2021年。大富豪オーナーを欠いた3年もの間にチェルシーは選手補強もままならず、スタジアム建設計画は凍結に。地元自治体と事前に取り決めていた着工期限にも間に合わず、収益を伸ばすための選択肢をみすみす失う羽目になった。

当初、同敷地内に建設予定だった“幻の”新スタジアム完成予想図。教会のような荘厳な雰囲気漂うデザインは、2008年の北京五輪で有名の“鳥の巣”やミュンヘンのアリアンツ・アレナを手がけたスイスの建築家ユニット、ヘルツォーク&ド・ムーロンによるもの。

今回のウエストビュー改装に際し、チェルシーは「他の“ビッグ6”のスタジアムはもちろん、ウェンブリーやトゥイッケナム(※ロンドン郊外にあるラグビー専用の国立競技場)のプレミアムシートの価格を精査しました」と説明している。新型コロナによるダメージもある。限られた選択肢の中、せめてシーズンチケットの価格を他のライバル並みの水準まで引き上げ、景気に変動されやすいスポンサー料や1人の大富豪オーナーの意思決定に左右されない、チケット代などの安定した収入によるクラブ経営を目指したいという考えは、はたからは理解できる。が、それは実際払う側の地元ファンからすれば関係のない話。今回のことをきっかけにウエストスタンドのみならず、今後は他のスタンドの価格まで値上げするつもりではないかと、他のチケットホルダーたちも戦々恐々としている。

チケット代値上げ問題、避けられないのがファンからの大きな反発。2016年2月、リヴァプールがマッチデイチケットを77ポンド(約12,000円)に値上げしようとしていることにちなみ、77分に席を立つことで抗議の意思を示したレッズファンたち。この計画に賛同したファンは約1万人。スタンドの1/4が試合途中で空となった前代未聞のストライキに、クラブは4日後に正式に謝罪し値上げを撤回した。

ファンの強い反発もあり、シーズンチケットを含む入場料の値上げが据え置かれている、または値下げしているクラブは実は多い。だがすでに一般家庭の生活費の2倍以上にまで価格が上昇しているチケット代は、多くのファンにとっては高嶺の花。2022年から25年の間でテレビ放映権料の総収入が100億ポンド(約1兆5,300億円)に達すると言われているプレミアリーグ。それでもなおクラブがチケット代を吊り上げることで過度な商業化を進め、結果として長く応援している人間を締め出す形となっていることが、ファンにはどうにも許し難いことなのだ。

チケット代値上げに反発するマンチェスター・シティのファンのバナー。実はビッグ6の中で最も安価なシーズンチケットを提供しているクラブだが、それでも値上げには大きな反発が。

2021年前半に起こった『スーパーリーグ』構想によるファンの大規模デモの影響から、チェルシーは10年ぶりとなるシーズンチケット価格引き上げの中止を発表したばかりだっただけに、地元ファンからのクラブへの不信感は日増しに大きくなってきている。英メディアは今後、先の大規模ストライキに匹敵する抗議活動が起きるのではないかと危惧している。またこうした騒動の中でシーズンチケットを手放す者、気楽にフットボールを楽しみたいとノンプロリーグのチームへ足を運び始める者、観戦できること自体が特権なのだから黙って支払えと文句を言う者、スタジアムに来れない人間を“クラブ愛の欠如”として見下す者などなど、かつて一枚岩となって値上げに反対していたファン同士の間にも大きな亀裂が生じている。

できない新築スタジアム、確保したい収入、クラブ経営の基盤となる地元ファンと、様々な問題でがんじがらめになるロンドンのビッグクラブ。大きなジレンマを抱えたまま、チェルシーの苦悩は続いていく。

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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