ドイツの食卓と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。ビール?ポテト?ソーセージ?その通り、ほぼ正解!欧州大陸の北側に位置するドイツでは冷涼な気候のために食材が比較的乏しく、それ故に寒冷地でも育つジャガイモの栽培や、保存食としての食肉加工技術を進歩させてきた。特に1,500種類とも言われるWurst(“ヴルスト”=ソーセージ)は、メディアでもよく登場する「Es geht um die Wurst」(“ソーセージが問題”=正念場である)など多くのことわざ・フレーズがあるほど、ドイツ人にとって欠かせない食材だ。そのヴルストを使った料理の中でもドイツの国民食と呼ばれ、不動のNo.1スタジアムグルメ『カリーヴルスト(Currywurst)』は別格中の別格。料理の枠を超えた料理とも、“ドイツの象徴”とも呼ばれる存在なのだ。大げさな言い回し?では、その理由をフットボールとの関係とともに説明していこう。
発祥の地がベルリンともハンブルクともルール地方(※デュッセルドルフ、ボーフム、ドルトムントなど工業都市が集中する地域)とも言われるカリーヴルストは、名前の通り“カレー風味のケチャップソースをかけたソーセージ”である。昼食に重めの食事、朝と晩は簡単に済ませるのがドイツ流だけに、見た目に違わぬジャンクな味つけ、そして大人から子供まで手が出しやすい低価格(歴史的な円安の現在であっても200~300円程度で)のカリーヴルストはうってつけの定番スナック。そのために提供される店舗も、いわゆるインビス(屋台)スタイルからビアガーデン、レストランと様々。場所も繁華街や広場だけでなく駅や空港、そしてもちろんサッカースタジアムと、わざわざ探さずともドイツ全国いたるところで名物にありつくことができる。イタリア人にとってのパスタ、日本人にとっての白米のようなカリーヴルスト。近年こそライフスタイルの変化や外国人労働者の流入の影響でピザやケバブに脅かされているとはいえ、今後もドイツで最も人気ある料理であることに異論をはさむ余地はないだろう。


先ほど「ドイツ全国で」と述べたが、広く親しまれているだけに地域ごとや店舗ごとに微細な違いがあるのもカリーヴルストの魅力。特に発祥の地と主張する3地域は、それぞれが個性を全面に押し出している。
ブラートヴルスト(※豚ひき肉を使ったソーセージ)を使ったカリーヴルストはルール地方の特色。中でもカレースパイスを最初からケチャップソースに混ぜ込んだスタイルで提供されるボーフムでは、辛さ強めのチリソース入りが人気だ。また子牛のソーセージが自慢であるハンブルクのカリーヴルストは、屋台で手早く食べるスナックとしてではなく、レストランでのディナーが似合う一品。ナイフとフォークで、時間を気にせずゆっくりといただきたい。
3ヶ所の中で“発祥の地の本命”とされているベルリンの場合は、カレースパイスをあらかじめソースに混ぜずに上からかけるのが伝統的スタイル。またヴルストを“皮付き”か“皮なし”かを選択できることも他と大きく異なる部分だろう。これはベルリンが米ソによって東西に分断されていた時代、皮付きが当たり前だった西ドイツ製に対し、天然の豚の腸が手に入らなかった東側では皮なしが一般的だったことがその名残りと言われている。(※余談だが、この事実はよく東ドイツ特有のヌーディスト文化を揶揄する時に使われるネタでもある。)

ではなぜカリーヴルストが別格中の別格、の存在なのか。それはいち料理の活躍の場が食卓のみに留まらない、という点に他ならない。例えば80年代にはヘルベルト・グレーネマイヤーというアーティストがシングル『Currywurst』をリリース。この曲は国内外にカリーヴルストの名を広く知らしめ、ある程度の年代以上のドイツ人なら皆がソラで歌えるほどの大ヒットとなった。また、架空のハンブルク・カリーヴルスト誕生秘話、そしてナチスドイツの脱走兵と女性主人公との愛を描いた小説、『Die entdeckung der currywurst(※邦題『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』)』もベストセラーとなり、のちに映画化もされた。
影響は当然ながらフットボールの世界にも及んでいる。2008年、ベルリンでおこなわれたヘルタ・ベルリンとハンブルガーSVの試合前に両クラブのファン10人づつが開催した“激辛カリーヴルスト大食い対決”。互いにカリーヴルスト発祥地だとひかない両者だけに、ある意味カリーヴルスト・ダービーといったところだろうか。この対決の際にアウェイファンが「Nur die Harten kommen in den Garten!(“タフな奴だけ庭に入れる”=成功したいなら必死でやれ ※ドイツのことわざ)と叫んだのに対し、迎えるヘルタファンがハンブルク製ヴルストの柔らかさにかけて「Ihr seid weich und kommt in‘ Teich!(ヤワな奴らは池にでも入れ)」とやり返したのは有名な話。ただし両サポーターとも激辛ソースに耐えられず、誰1人完食できないまま仲良く引き分けに終わっている。

ルール地方の名門クラブ、シャルケ04の熱狂的ファン“シャルカー”たちは『1beer, 2beers, currywurst』というチャントを作りあげた。ドイツ人にとって必要不可欠な『ビール』と『フットボール』、そして『カリーヴルスト』を歌ったこの曲は、清く正しい(?)フットボールライフを見事に表現した傑作だ。
初出が内田篤人氏がゲルゼンキルヒェンにやって来たばかりの2010年であり、当時はチームの成績が安定しなかっただけに飲んで食って騒いで憂さ晴らし、というのは理解できなくはない。まあ、結局のところ、憎きライバルをこき下ろすのが1番の憂さ晴らしになるという話なのだが。
そうさ、フットボールは俺たちの人生そのもの
順位は上がっていかないし勝ち点も落ちてるけど
チームの雰囲気はいい感じさ!
ビールを1杯、2杯
キューマーリング(※ドイツのリキュール)をはさんで
続けて3杯、4杯、5杯目
コルン(※ドイツの蒸留酒)飲んだら6杯、7杯目
そいつでカリーヴルストを流し込めば
ほら、いつも通り!
ドルトムント?ドルトムントって、どこのどいつだ??
『1 beer, 2 beers, currywurst』Baron Titus
新入団選手とのクラブ公式インタビューなどで、わざわざ「あなたはカリーヴルストとブラートヴルスト、どちらが好きですか?」と聞いてくるのがドイツ。そうした関係性をそのままクラブ間の企画にしてしまったのが、ドイツ3部のロートヴァイス・エアフルトである。2019年3月、ウニオン・ベルリンとのトレーニングマッチ開催を記念して、同クラブが作成したのが『ブラートヴルストvsカリーヴルスト』キットだ。カリーヴルストのメッカであるベルリンに対し、エアフルトの名物がブラートヴルストであることから生まれたユーモア。もちろん特製シャツの下部の黄色模様はマスタード、赤色はケチャップである。

この様にフットボールの文脈から見ても、ドイツ人とは切っても切れない関係にある料理・カリーヴルスト。一方で扱いを誤ると大騒動になりかねない、非常にデリケートな存在でもある。2021年にVfLヴォルフスブルクのメインオーナーであるフォルクスワーゲンが“大炎上”したのは、ヴォルフスブルクの本社工場に併設された社員食堂のメニューからカリーヴルストを削ってしまったのが原因だった。
工場で働く5万人の社員たちは、食堂の人気No.1メニューの廃止に当然のことながら猛反発。それだけならともかく、SNSで横やりを入れてきたのが同社監査役を務めていたシュレーダー元首相だったことで大騒動に発展、国内メディアがそれをこぞってとりあげたことで社会問題になってしまった。フォルクスワーゲンは、メニュー削除は「社員たちの健康を守るため」(コーラに付け合わせのポテトを入れると、一食950キロカロリーにも!やはり体に悪いものは美味しいのだ)、「ヴルスト専用の30にものぼる養豚場を閉鎖することでCO2削減に貢献するため」と弁明。だが、かつて排ガス規制逃れでバッシングされた前科がある同社。「多くのCO2を排出する車は作るクセに、社員には我慢を強いるのか」という批判が殺到した上、メディアの中にはドイツ人のアイデンティティの危機と騒動を煽るものもいた。結果ワーゲンは火消しのために「かわりにベジタリアンヴルストを提供すること」と「本社工場以外ではカリーヴルストの提供を継続すること」を強調せざるを得なくなったという。いまだにワーゲンへは疑問の声があがるだけに、カリーヴルストはもはや神聖不可侵のものと言えるかもしれない。

なかなか日本では知られていない料理・カリーヴルストだが、この料理に対する人々の思い入れはもはや宗教といって差し支えないほどだ。一度食べれば抜群の中毒性にリピート必至。私事で恐縮だが、筆者もフランクフルト滞在中の昼間はトルコ人街でケバブを、夜は中央駅まで出かけて軽くカリーヴルストという黄金ムーヴを繰り返していた経験がある。そればかりか帰国後もしばらくは、自宅でカリーヴルストを作るほどのジャンキーになってしまった。
ついついお酒も食も進んでしまうこの季節、今夜のサッカー観戦のお供にカリーヴルストはいかがだろうか。少しだけベルトを緩めて、奥深いドイツサッカーと“カリーヴルスト沼”に肩までドップリ、というのも悪くないかも??
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