ユニフォーム

「#ボイコットカタール」!!ユニフォームが火をつけた大論争

2022年9月、デンマークのスポーツブランド『hummel(ヒュンメル)』がFIFAワールドカップ2022カタール大会(※以降、カタールW杯)で着用する、同国代表の新ユニフォームを発表した。公開されたホームとアウェイ、そして3rdシャツの3枚は、いずれもワントーンのシンプルなデザインが特徴だ。長らくデンマーク代表のユニフォームサプライヤーを務めてきたヒュンメルの渾身の作品、だがこれにはホスト国への強いメッセージが込められていたのだ。

公開されたのは、おなじみ赤のホーム、白のアウェイ、そして新たに3rdキットとして黒を用いたデンマーク代表の新ユニフォーム。胸元にあるヒュンメルのブランドロゴ、DBU(デンマークサッカー協会)のエンブレムはシャツ本体と同系色でまとめられており、極力目立たないようなカラーリングに。そのおかげか、全体にスッキリとした印象を与えるデザインが特徴的だ。シャツの襟部分の内側には『FOR DANMARK(デンマークのために)』、その下には『EN DEL AF NOGET STØRRE(より大きな何かの一部)』と記されている。

よく見ると袖口等にも同系色の模様が入れられているが、これはデンマーク代表がユーゴスラビアの代替出場した1992年のUEFA欧州選手権(※現 UEFA EURO)で優勝に輝いた際のシャツにインスパイアされたもの。(※この大会に関しては、フォトグラファーのタニヤマヒロト氏の映画紹介もご参考ください)色こそ違えど、印象的なストライプのグラフィックがしっかりと描かれているのがわかるだろう。デンマークサッカー史上最高の記憶をこの大会で再現するというデンマークの意気込み、そして代表チームに関わるすべての人々の想いをこれでもかと詰め込んだヒュンメル会心の1枚といえる。

“フットボール史上最高のおとぎ話”、UEFA欧州選手権1992 スウェーデン大会。ピーター・シュマイケルやブライアン・ラウドルップといった名選手たちを擁し、決勝トーナメントではオランダ、ドイツと強豪を立て続けに撃破する活躍を見せた。

しかしこの公開から9日後に改めて発表されたヒュンメルによる3枚のシャツの“詳細な説明”は、かねてよりカタールでの大会開催に懐疑的だった人々の心に火をつけた。

「我々は数千もの人々の命を犠牲にしたトーナメントで目立ちたくない。我々はデンマーク代表を全面的にサポートしているが、ホスト国・カタールを支持することと同意ではない。我々はカタールの人権状況、W杯で使用するスタジアム建設における移民労働者たちの扱いに声をあげる。」

「ブラック。これは追悼の色であり、今大会の3rdという意味で完璧な色である。」(※ヒュンメル公式インスタグラムより)

ヒュンメルとデンマーク代表がこうしたユニフォームをリリースしたのは、2021年に英ガーディアン紙が報じたニュースが大きなきっかけとなっている。その記事の内容は、以前からアムネスティなどの人権NGOが幾度となく指摘し批難し続けてきた問題そのものであった。

「2010年に中東初のW杯開催が決定して以降、スタジアム建設などに従事する外国人労働者6,500人が劣悪な労働環境によって亡くなった。」(※『The Guardian』2021年2月23日記事より)

3rdユニフォームは2022年9月、ザグレブでおこなわれたUEFAネイションズリーグ クロアチア戦で披露された。人気は上々だが、その意味合いから「喪服」と揶揄する声も。

近年、石油など地下資源の市場価格に左右される財政から脱却すべく、観光立国として力を入れてきたカタールは現在、自国開催のW杯を契機にスポーツ立国としての道筋もつけようとしている。その発展を支えるのはカタール全人口の9割以上を占める、主にインドやパキスタンといった南アジアからやってくる出稼ぎ労働者たちだ。

彼らは保証人でもある雇用主と、労働力を提供するかわりに職と住居を確保してもらうという契約を結んでいる。この『カファラ制度』と呼ばれる雇用形態は、カタールをはじめとした中東諸国でよく用いられる伝統的なもの。ただし保証人という立場を悪用した雇用主によって高額な斡旋料とともに、到着早々パスポートや携帯電話までも取り上げられ身動きが取れない状態となった労働者たちが、過酷な労働を低賃金で(場合によっては賃金が未払いのまま)長時間強いられることも少なくない。彼らは契約期間を全うするまで雇用主の許可なく辞めることも帰国することもできないため、悪名高い“現代の奴隷制度”としても知られている。

フランス人ストライカーのザヒール・ベルーニスは2010年、ドーハのアル・ジャイシュと契約。だが賃金未払いを理由にクラブに対し訴訟を起こしたところ、アル・ジャイシュはザヒールに報酬を支払わない上に一切のプレーを禁じる“懲罰”を加えた。さらにカファラ制度を持ち出し彼の移籍も帰国も許可せず、文字通り“生殺し”状態に。自殺も考えたというザヒールは幸運にも19カ月後に救い出されたが、無給生活の足しにしたために家財道具はひとつも残っていなかったという。

特にカタールでは今回のW杯開催にともない、スタジアムやホテル、公共交通機関建設のために集められた労働者たちは、市街でなく(その多くが砂漠のど真ん中にある)建設現場近くにある“収容所のように劣悪な”作業員キャンプに押し込められ、休みなく働き続けている。同紙の取材によると多くの死者の中には、約16万円の斡旋料を支払ったのちに到着1週間で自ら命を絶ったネパール青年や、気温50度に達するという真夏に昼間の作業を課せられ命を落とした多くの作業員も含まれると見られるが、当局は彼らの死因の多くが自然死または心臓疾患によるものと報告している。新型コロナに関する死者数に至っては、その詳細すらわかっていない。

なお直近3大会における『W杯関連施設の建設業務に携わった労働者の死者数』は南アフリカで2人、ブラジルで8人、そして前回ロシアで21人。もしガーディアン紙の報道が事実だとするならば、計算上W杯開催が決定してから毎週12名あまりが亡くなっているというカタールの数字は異常である。

カタール当局による情報統制もうかがえる、英BBCの外国人労働者の扱いに関するリポート。これによってBBCスタッフは当局に一時拘束される事態になった。2015年の動画だが、残念ながら状況はいまもさほど好転していない。
ヨコハマ・フットボール映画祭でも上映された映画『The Workers Cup』(2017年 イギリス)で語られるのは、カタールの外国人労働者たちが直面する過酷な環境である。※日経ビジネスによるアダム・ソーベル監督インタビュー: ※公式ウェブサイト(英語): http://www.theworkerscupfilm.com/

懸念すべき事柄は外国人労働者たちだけに留まらず、性的マイノリティ…いわゆるLGBTQ+コミュニティへの厳しい弾圧に関しても大変危惧されている。

カタールで同性愛はイスラム法『シャリア』が定めるハラム(禁忌)とみなされる犯罪行為である。発覚すれば犯罪者として厳しく処罰されるだけでなく、釈放には政府が支援する“転向医療”施設での治療が義務づけられることがNGOの報告で確認されている。中には独房に2ヶ月拘留され続けたという“被害者”もおり、心に深い傷を負ったことで釈放後も日常生活に支障をきたしているという。(※『Sky Sports』2022年10月25日記事より)さらにカタールでは裁判で有罪が確定すると最大7年の懲役刑が待っており、性行為が認められた場合は(当事者同士の合意があったとしても)最悪極刑が適応される恐れもあるのだ。

イングランドのハリー・ケインをはじめとした欧州9カ国の代表キャプテンたちは、あらゆる差別に反対する『One Love』キャンペーンに参加。彼らは同性愛を罰するカタールの法律への抗議を意味する特別なアームバンドをW杯でも着用しようとしている。FIFAがピッチ上の政治的メッセージを禁じているだけに罰するのか、それともBlack Lives Matter運動のように黙認するのか、判断が注目される。なおFA(イングランドサッカー協会)はこの件に関するどんな罰も無視する意向である。
人権問題以外にも、狭い国土のために生じる宿泊施設不足もW杯ホストにとっての大きな課題に。郊外の砂漠に建設された“ファンビレッジ”と呼ばれるホテルは一泊3万円弱と高額なため、各国サポーターは国境を越え周辺諸国に宿をとると見られる。試合開催によって生じると予想される観客の大移動は、大量のCO2排出による環境破壊を引き起こすと懸念される。

世間のカタールへの疑惑の目は大会が迫るにつれ、さらに厳しさを増している。SNS上ではハッシュタグ『#BoycottQatar2022』を付けたコメントが絶えず投稿され、ドイツを中心に多くのスタジアムでは同様のメッセージが書かれたバナーが掲げられた。フランスではパリやマルセイユなど複数の都市が恒例のファンゾーンを中止する旨を発表。さらには元選手だけでなく、今回W杯に参加する現役代表選手たちからも大会そのものを疑問視する声が噴出しており、先日はオーストラリア代表選手たちが人権侵害反対の動画メッセージを公開したばかりだ。

ブンデスリーガ第11節、ボルシア・ドルトムントとVfBシュツットガルトとの試合で、ドルトムントファンによって掲げられたW杯ボイコットを訴えるバナー。こうしたメッセージはドルトムントのみならず、ベルリンやフライブルク、ボーフムなどドイツ各地で見られた。
多種多様な文化が組み合わさった国であるオーストラリアの代表16選手の、W杯ホスト国・カタールへの動画メッセージ。この動画にはJ2 ファジアーノ岡山に所属するミッチェル・デュークも参加している。

では大会の盛り上がりに水をさされる形となった開催国の反応はどうだろう。

イメージ回復に注力するカタールは、ポジティブなPR活動をすることを条件に世界中のインフルエンサーやフットボールファンを大会への無料招待している。その一方で、こうした抗議の多くが欧州諸国による中東への根深い差別意識に起因するものだと捉え、自らが偏見の被害者であると訴えている。

例えば同国の首長であるタミーム・ビン・ハマド・アール=サーニーは2022年5月、世界経済を話し合うダボス会議において「カタールW杯について西側諸国から不当な批判を受けている」と演説。「何十年もの間、中東は差別に苦しんできた。そして、そのような差別は主に人々の我々に対する無知に基づいており、いくつかの事柄に関しては我々のことを理解しようとすらしない。」と一連の抗議運動を公の場で批判した。

またカタールのメディア『DOHA NEWS』は「フットボールファンはデンマークの“パフォーマンス”を批判する」と題し、地元住民からの様々な怒りの声をSNSから抜粋している。

「ブラジル大会では会場建設のために何千という市民が家から追い出された。だが人権について問題視されるのは我々だけ?」

「デンマークがカタールを攻撃するのは恥ずべきことだ。これはアラブ人に対する人種差別だ。(※デンマークは欧州の中でも厳しい難民排斥政策を打ち出している国として知られるため)

このような地元の声を紹介しながら、いかに自分たちが不当な扱いを受けているか、大会への批判が的外れなのかを報じている。

“郷に入りては郷に従え”ということか。地元カタールのボランティアによって作成されたチラシの数々。「肌が露出した服装で公共の場を出歩かない」、「公衆の面前でキスなどの愛情表現は控える」など、カタールの文化と価値観の尊重するよう訴えている。またSNSでも『#ShowYourRespect』などを用いて、欧州を中心としたボイコットキャンペーンに対抗している。

大会組織委員会はガーディアン紙の報道に対し、「14年以降で実際に亡くなった人数は3人のみ」(※業務以外では35人)だと説明。「スタジアム建設に従事した3万人もの労働者たちの健康と安全を守るという、我々の公約を彼らが矮小化することを心から拒否するものである。」と強い口調で抗議した。カタール政府が2020年に「出稼ぎ労働者たちの最低賃金保証」や「転職の自由」などを明記した法案を可決させたこともあり、国家ぐるみで問題解決へ真摯に動いていることをアピールしたい考えだ。

同性愛者弾圧についても「事実と異なる根拠のない告発がマスコミによって自由に報道されており、非常に失望している。多くの組織の活動は売名のために報道を利用しているだけだ。(※カタール政府広報局によるコメント)」とNGOを口撃。政府と組織委員会は引き続き、世界中の同性愛者サポーターを歓迎する旨を示し、あらゆる人々にひらかれたW杯であることを強調している。が、同時に「(同性愛を禁ずる法律も)カタールの文化の一部であり、イスラム式の価値観も尊重すべき」という主張もまた崩していない。

カタールとドイツとのエネルギーパートナーシップ協定締結に際し、タミーム・ビン・ハマド・アール=サーニー首長(左)と固い握手を交わすオラフ・ショルツ首相(右)。ウクライナ侵略と海底パイプラインの損傷により、この冬のエネルギー不足に陥っているEU諸国にとってカタールの重要度は跳ね上がった。それに比例してカタールの発言力はさらに増すと見られている。

FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は副会長との連名で各国協会へ、「フットボールが世の中と無縁の存在でないことも、世界中には政治的に多くの困難があることも承知している。だがフットボールが、存在するあらゆるイデオロギーや政治的紛争に引きずられないようにして欲しい。」(※『Sky Sports』2022年11月4日記事より)という火消しとも、政治的パフォーマンスへの警告とも取れる書簡を送っている。だが今大会中に選手個人、またはチームとして何らかの抗議活動が起こる可能性は否定できず、これらに対するFIFAや組織委員会の判断いかんによっては混乱がさらにエスカレートする恐れもあるだろう。

尊重すべきは異なる文化への相互理解なのか、それとも普遍的な基本的人権の保護なのか。いや、そもそも長い間政治が解決してこなかった問題に対し、フットボールがその責を負うべきなのか。ユニフォームが世界に与えた影響は決して小さくない。

2022年11月7日、カタールW杯アンバサダーで同国の元代表であるハリド・サルマンがドイツの放送局ZDFの取材に「同性愛は“心の傷”。子供が真似しては困る。」と発言し、大会関係者があわててインタビューを止める事態に。独代表レオン・ゴレツカは「アンバサダーが大会直前にこの発言とは、言葉を失う」とコメントしている。

いずれにせよ、スッキリしないまま開幕を迎えるカタール大会。問題の解決にはならないかもしれないが、この稿の締めくくりとしてSky Newsのインタビューに答えているリヴァプールのユルゲン・クロップ監督のコメントをご紹介しておこう。

「議論は100パーセント理解してるんだ。だけど(カタールでの開催を)決定したのは10年以上前で、我々はその決定を受け入れた。だから、いま選手たちに(出場するかボイコットするか)責任を負わせるのはフェアではないよ。選手たちはそこに行き、試合をするだけ。彼らが大層な政治的声明を出すかどうか期待されるのはフェアじゃないよ。まったくフェアじゃない。」(※『Sky News』 2022年11月2日インタビューより)

フットボールファンのみなさんは、みなさんが愛する代表チームにとって何が最適だと思われるだろうか。

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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