キャッチーかつメロディアスなソングライティングが定評の兄ノエルと、ふてぶてしくも切ない歌声が魅力の弟リアム。ザ・キンクス以来の“世界で最も仲の悪い兄弟”、ギャラガー兄弟を中心に結成された不世出のロックバンド、オアシスの解散から15年あまりが経った。だが、その人気は今も衰えることはなく、再結成を望む声と噂は絶えることはない。今回はそんな彼らの数々の名曲の中からバラードにもかかわらず、特にフットボールとの親和性が高い“勝利の歌”をご紹介する。世界中のフットボールファンから愛されるオアシス屈指の大ヒットシングルは、欧州王者マンチェスター・シティの浮沈の歴史を見てきた歌でもあったのだ。

オアシスと言えば、1994年のメジャーデビューから解散まで、15年あまりの活動期間で全世界7,500万枚以上というレコードセールスを叩き出しているモンスターバンド。シングルは8曲、アルバムに至ってはオリジナルアルバムの7枚全てが全英チャート1位を獲得しており、90年代の音楽シーンを代表するアーティストであることは疑う余地もない。日本でも事あるごとにCMやドラマに映画、アニメの挿入歌に使われているので、洋楽に興味がないという人にも耳なじみがあるのではないだろうか。
高揚感があって誰もが歌えるからなのか、“ワーキングクラス・ヒーロー”と“労働者階級のスポーツ”が組み合わさるのは必然なのか。いずれにせよ、オアシスの曲はフットボールとも相性がいい。試合に勝ったあとには「流れに乗っていけよ」という威勢の良い出だしで始まる『Roll With It(ロール・ウィズ・イット)』、敗れた時には「怒りに変えちゃいけない、せめて今日だけは」と優しく語りかけるような『Don’t Look Back in Anger(ドント・ルック・バック・イン・アンガー)』と、世界中のスタジアムで様々な曲が流され、サポーターの大合唱を生んでいる。いまやオアシスはフットボールにおいて最高の雰囲気を演出するには欠かせないと言っても過言ではない。
1995年10月2日リリースの2ndアルバム『(What’s the Story) Morning Glory?』からのシングルカット曲『Wonderwall(ワンダーウォール)』もまた、多くのフットボールファンから支持を集める名曲だ。2020年までの累計売上は140万枚、音楽配信サービス『Spotify』では10億回再生を記録し、多くのミュージシャンがカバーする名バラード。そしてギャラガー兄弟が溺愛するマンチェスター・シティの本拠地、エティハド・スタジアムでの定番ソングでもある。あの『ブルームーン』に並ぶフットボールアンセムとして、多くのシチズン(※マンチェスター・シティファンのこと)から深く深く愛されている。
“And all the roads we have to walk are winding(歩んできた道はいつも曲りくねっていて)
And all the lights that lead us there are blinding(照らされる光はどれも眩しすぎた)
There are many things that I would like to say to you(言いたいことはたくさんあるけど)
But I don’t know how(なんて伝えればいいんだろう)”
“Because maybe(だからたぶん)
You’re gonna be the one that saves me(オレを救ってくれるのはキミなんだ)
And after all , you’re my wonderwall(結局のところ、キミがオレの“ワンダーウォール”なんだ)”
ワンダーウォール、直訳すれば“不思議な壁”。作詞・作曲を担当したノエルが言うには「心の支え」を意味しているとのこと。当初、恋人だった前妻のメグ・マシューズについて書いた歌詞とされていたが、彼女と離婚後にノエル自身がデタラメだったと撤回しており、改めて「自分を救ってくれる架空の友人」について歌ったものであるとメディアに語っている。
なお余談だが、実は歌っているリアムも作ったノエルも、ワンダーウォールがオアシスの代表曲とは思っていないらしい。特にノエルはNMEの取材に、「“今まで書かれた曲の中で最高”とか言われると、“頼むぜ、Live Forever(※1stアルバム収録曲)聴いたことねえのかよ?”って思うね。」と答えるほど。とはいえ、作った本人がどんなに気に入らなかったとしても、シティとサポーターたちにとっては非常に重要な曲。それはチャンピオンズリーグ優勝を果たした際、選手たちがロッカールームで熱唱している様子を見れば一目瞭然であろう。
だが、皆さんはこの曲がリリースされた1995年当時、シチズンたちが現在とはかなり異なる意味合いで歌っていたことをご存知だろうか。
2度目の長い低迷期の始まりとなる1995-96シーズンは、シティの歴史の中でもかなり奇妙な1年だった。選手時代にはイングランド代表として世界一に輝いたこともあるアラン・ボール・ジュニアが指揮をとるチームは、このシーズンをスパーズとドローでスタートさせると、その後はなんと8連敗。前半戦を折り返した時点で獲得した勝ち点わずかに2ポイントと、2部への降格はもはや時間の問題とされていた。だが、2つの要素がさらに事態をややこしくする。
ひとつめは、リーグテーブル最下層を定位置としていたチームが(瞬間的にだが)目を覚ましたことだ。11月、ボルトン相手からのリーグ戦初勝利を含め、突如シティは4勝1分けという好成績をあげ、一気に降格圏から脱出する。結局チームの勢いはこの1ヶ月だけで止まり、その後は残留ラインギリギリを行ったり来たりする低空飛行が続くのだが、この戦果のおかげでボールは11月の月間最優秀監督賞を受賞。と、同時にクビ寸前だったはずの迷指揮官は途中解任という恐怖から無事逃れることに成功するのだった。
ふたつめは、グルジア出身(現在のジョージア)のミッドフィルダー、ゲオルギ・“キンキー”・キンクラーゼの存在である。型にはまらないキンクラーゼのプレースタイルは、良く言えば即興的で創造性あふれるもの。相手ディフェンスを無力化する高速ドリブルに、思わず見惚れてしまう美しいゴールと、かつてはレアル・マドリードやバルセロナが注目していたという才能にファンとマスコミはすぐさま夢中になる。だが彼は一方で安定感に欠けており、時には怠惰で自分勝手に見える時もあった。そして、こうしたキンクラーゼの特徴はこのシーズン、残念ながら悪い方に転がることが多かったのだ。それでもサポーターたちは、彼こそがシティの救世主であると確信し、いつか起こるであろう大爆発を待っていたのだ。
ちなみに「彼こそマイヒーロー」と公言してやまないノエルは、キンクラーゼのデビュー戦となるトッテナムとの試合のためにわざわざロンドンから駆けつけている。そこでジョージアの天才のプレーを初めて間近で観た時、「コイツはシティをヨーロッパのカップ戦優勝に導くか、さもなきゃオレたちを4部に落とすかのどっちかだ。」と評したというのは有名な話である。「どっちかわからなかったんだ!シティはいつでも極端だろ?」

チームの調子がなかなか上がることもなく悶々とした状況が続く中、メイン・ロード(※エティハド以前のホームスタジアム)のファンたちが僅かな輝きに一縷の望みをかけて歌い始めたのが、リリースされたばかりのオアシスの新曲、ワンダーウォールだった。
“Every run that Kinky makes is winding(キンキーの走りはいつも曲りくねっていて)
And every goal that City score is blinding(シティのゴールはどれも眩しすぎた)”
“I said maybe(たぶんなんだけど)
Eikes’s gonna be the one to save me(オレを救ってくれるのはアイケなんだ ※当時の正GK、アイケ・インメルのこと)
‘Coz after all , you’re my Alan Ball(結局のところ、キミがオレのアラン・ボールなんだ)”
“結局のところ”、当時のノエルの目利きは正しかったと言える。メイン・ロードの魔法使いがシーズン中に輝いたのは、ミドルズブラ戦やサウサンプトン戦など、ほんの一瞬でしかなかった。相手選手を鮮やかにかわしていくものの、肝心のシュートはいつも明後日の方向へ。周囲がいまかいまかと待ち望んでいた大爆発はついぞ起こらないまま、キンクラーゼはわずか4ゴールでシーズンを終えている。
また、ボールはボールで、ちょっとした勘違いから大失態を犯してしまう。誤情報を鵜呑みにしたために「最終節で引き分けさえすれば残留できる」と思い込み、3位のリヴァプール相手に見事2-2のドローで試合終了。しかしその時点で残留争いのライバルであるコベントリー、サウサンプトンと勝ち点が並んでしまい、得失点差でシティは2部に降格する。
ボールが去った翌シーズン以降もクラブの調子が上向くどころかピッチ内外の混乱は続き、1997-98シーズンにはついに3部へ転落。財政面でも悪化の一途をたどり、一時は破産寸前というクラブ存亡の危機に追い込まれた。その間に同じ街のライバルは英クラブ初のトレブル(※国内リーグ戦、国内カップ戦、UEFAチャンピオンズリーグの三冠)を達成するなど欧州の舞台で活躍していたこともあり、90年代はシチズンとシティにとって文字通りの暗黒時代となったのだ。

ファンの間で“City-itis”という言葉が使われだしたのもこの頃のこと。「これぞシティ!」と訳される言葉で、シティというクラブは何が起こるかわからないという意味で用いられる。ただし、長い低迷のせいか「どんなに今が好調だとしても、うまくいかない可能性がある時は必ずうまくいかない」という自虐的なフレーズとして使われることがある。実際ベテランファンにとっては、このクラブ史上最も辛い時期がトラウマになっており、彼らの心の奥底にはこうしたネガティブな思考が…たとえシェイク・マンスールがクラブに莫大なオイルマネーと多くのタイトルをもたらしたあとでさえも、ベッタリと呪いのようにへばりついていたようである。
そういう意味でシティとファンにとって、忌まわしい呪縛から解き放たれた2022-23シーズンは、外から眺めている我々が考えている以上に歴史的な1年になったのだろう。トレブル達成によってシティは、2018-19シーズンにユナイテッドが樹立したプレミアリーグ所属クラブの年間収入記録を更新し、総額は6億5,000万ポンド(1,180億円)を超えると見込まれている。またシティは昨季、10シーズン連続でライバルをリーグ順位で上回った。おまけに改修計画が遅々として進まないオールド・トラフォードを尻目にエティハドの方は“フェーズ2”と呼ばれる拡張が完了しており、さらにホテルとクラブミュージアム、メガストアにフードコートを併設した6万人収容の巨大スタジアム計画“フェーズ3”も順調に進行中だ。
ユナイテッドの単なる“騒がしい隣人”は、すっかり欧州を代表する真のビッグクラブに変貌した。現在のシティなら、ライバルに対する劣等感など微塵もないだろうし、ファンにとっても“City-itis”の呪いはいまや単なる笑い話になっているはず。その証拠にスカイブルーのサポーターたちは、しばしばワンダーウォールの歌詞をこんな風に変えて歌っているのだから。
“But after all , you have won fuck all(結局のところ、キミは全てに勝利したんだ)”
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