文化

なんで?イスラエル国旗がアヤックスファンに掲げられるワケ

オランダを代表するビッグ3のひとつ、アヤックス・アムステルダム。国内リーグ26回制覇、過去には3連覇を含む欧州王者4度、クラブ世界No.1に2度輝いている強豪。そしてヨハン・クライフを始め、数多くの名選手たちを輩出している名門クラブであることは言うまでもない。だが、彼らのスタジアムでイスラエルの国旗が振られているのはなぜか、その理由はあまり知られていない。

最近ロッテルダムの街中で、極めて差別的な落書きが発見された。そこには第二次大戦時、ナチスの強制収容所でユダヤ人収容者が着ていたという、縦縞の制服姿のスティーブン・ベルハイスの絵が。そしてその横には「Joden Lopen Altijd Weg(ユダヤ人はいつも逃げる)」という言葉が添えられていた。このオランダ代表FWは、先日フェイエノールトから、最大のライバル・アヤックスへの移籍が決まったばかり。その直後から一部のフェイエノールトファンが彼のユニフォームを燃やすといった動画をSNSにアップしており、警察はこうした一連の抗議運動の中で起こった反ユダヤ主義の犯罪とみて、現在捜査をしている最中だ。

こうした落書きにはステレオタイプのユダヤ人像が描かれる。大きな鼻、弱々しい姿、小太り(またはやせ細った姿)、そして「すぐ逃げる」。常に男らしくたくましいアーリア人との対比として使われるイメージ。

落書きで揶揄されているように、アヤックスファン=ユダヤの人々、という事実はない。それでもライバルチームのサポーターは決まって彼らを「Joden(“ヨーデン” ※ユダヤ人の意)」と罵っている。対するアヤックスファンもまた自らを「Super Jews(スーパーユダヤ人)」と呼び、スタンドにはイスラエルの国旗やダビデの星(六芒星)が描かれたフラッグが数多く翻る。いまや“ユダヤ”は彼らアヤックスの代名詞となっているのだ。

熱狂的で有名なアヤックスのウルトラスの中で、現在最大規模を誇る“F-SIDE”。自らを「Super Jews」と呼ぶのは、同じくユダヤ系クラブとしてよく知られるトッテナム・ホットスパーのファンからの影響と言われている。
炎と爆音で有名なアヤックスのウルトラスたち。
2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ プレーオフ、ディナモ・キエフ戦でのファンの様子。
ドキュメンタリー映画“Ajax! Joden! Amsterdam!”では、イスラエル国旗を持って応援するアヤックスファンの姿が映し出されている。

では、アヤックスとユダヤにはどういう関係があるのか。第二次大戦前、国内14万人と言われたユダヤ系市民の内、8万人が住んでいたアムステルダムは、“西のエルサレム”と呼ばれるほどにユダヤ人の街だった。中でもアヤックスの以前のホーム、デ・ミール スタディオンがあった街の東側には巨大なユダヤ人コミュニティがあり、スタジアムが移った現在でもヨーデンブールトという旧ユダヤ人街がヨハン・クライフ・アレナのすぐそばに存在している。そして彼らの多くが“我が街のクラブ”、アヤックスのファンであった。

残念ながら1940年のナチスドイツ侵攻以降、多くのユダヤ系市民たちが収容所などで処刑されてしまった。(※その中には“あの”アンネ・フランクも含まれており、オランダだけでも実に75%もの住民がナチスに殺害されたと言われている)さらに当時“最初の”黄金期を迎えていたアヤックスの指揮官、名将ジャック・レイノルズがナチスに逮捕されてしまうことに。結局レイノルズの釈放は終戦の年である1945年まで待たねばならず、クラブは低迷期に入ることとなった。

アメリカ出身のユダヤ系オランダ人、エディ・ハーメル。ファンから“ヨーデン”と呼ばれ愛された右ウィングは1942年、ナチスドイツのユダヤ人狩りによってアウシュビッツへ送られた後にガス室で殺害された。ナチスによるアヤックス選手の唯一の犠牲者と言われている。

戦争が終わり、アムステルダムは復興を果たしたものの、街のアイデンティティであったユダヤの文化やユダヤ教からの影響力は、主となるユダヤ系市民が迫害されたために、すっかり失なわれていた。一方で1960〜70年代、“我が街のクラブ”に次々とユダヤ系選手・監督が入団し活躍する様になると、戦争で失なったアイデンティティをアヤックスに見い出そうとしたのだろうか。アヤックスファンはチームを「ユダヤ人のクラブ」であると強く意識し誇示するようになる。ユダヤの象徴・イスラエル国旗を掲げるようになったのも、そんな強い自己認識のひとつ。だが彼らのほとんどはユダヤ人ではない。ユダヤの宗教思想も持ち合わせてなければ、文化的なつながりもない。他とアヤックスファンを区別する、単なる記号にすぎないのだ。

今でも自らを「ユダヤの末裔」と呼んではばからないアヤックスファン。関係ない者からすれば、もはや都市伝説であり笑い話の類のものだ。だが、まったく笑えないどころか怒っている人々もいる。オランダの国内外にあるユダヤ系団体からは、ユダヤ人でない人間がユダヤと語ること心よく思っていない。ユダヤの名前を勝手に使われることは、陥れる行為よりむしろタチが悪いと考えている。そのため様々な団体から抗議の声明が出されているものの、一向に改善される様子はない。

アヤックスのゴール裏に広げられたイスラエル国旗。
勝利を祝うアヤックスU-19の選手たち。様々なルーツの選手が集まるアヤックスには、たとえ下部組織出身でも“Joden”が単なるチームの愛称だと思っている者も多い。

さらにライバル間で応酬となる差別的なチャントも問題だ。特に激しい試合で知られるアヤックスとフェイエノールトによる“デ・クラシケル”では、互いのサポーターからとんでもないチャントが飛び交っている。ロッテルダムのファンが「Hamas, Hamas, Juden ins Gas!(ハマス、ハマス、ユダヤ人をガス室に送れ! ※ハマスはイスラエルと対立するパレスチナの武装組織)」と唄えば、「ロッテルダムを爆撃しろ!(※ロッテルダムは第二次大戦、ナチスドイツによる爆撃で大きな被害を受けた)」と返す始末。これ以外にもアヤックスの試合では、対戦相手のファンからガス室の音の口真似がしばしば聞こえてくるという。これらが最も厄介なのは、こうした日常的な差別に人々が無邪気だというところだろう。FIFAはいかなる差別も受け入れないという強い姿勢を示しているのだが…。

ユダヤでない者たちがユダヤを名乗り、ユダヤを罵る連中と差別の応酬を続けている。真実は小説より奇なり。冗談のような物語が、今日もスタジアムをわかせている。

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KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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