サポーター・応援

誰もが知ってるあのチャント、元々は“日本サッカー応援の母”の歌だった!?

【※筆者注:当記事は、本来2022年1月に公開したものを一部修正して再掲したものです。あらかじめご承知ください。】

2021年、J1リーグのFC東京は、ある音楽イベントを発表した。その名も『F.C. TOKYO MUSIC FESTIVAL 2022〜青赤歌合戦〜』。普段ファンがスタジアムで歌うチャントの原曲を、そのアーティスト自らが披露するというユニークなイベントだ。残念ながらコロナ禍によって中止を余儀なくされてしまったが、開催していれば世界的にも非常にレアなイベントになったことだろう。さて、このイベントでは、弊サイトが最も注目していた人物も出演が予定されていた。なぜなら、そのアーティストはいわば、“日本スポーツ応援歌の母”と言える存在だからだ。

のちにFC東京ファンがチャント化したクラブ非公式応援曲『VAMOS TOKYO!』を歌う、チバユウスケ率いるTHE MIDWEST VIKINGS。そして現・FC東京クラブコミュニケーター、石川直宏の現役時代のチャント原曲『DOWN BEAT STOMP』を演奏する東京スカパラダイスオーケストラ。2019年リリースの『Dale Dale! ~ダレ・ダレ!~ feat.チバユウスケ』でも共演済の両者は、中でもチバそしてスカパラのベース担当・川上つよしが大のFC東京好きとして有名である。また俳優・武田真治らとのユニット・BLACK JAXXのメンバーでもあるDJ DRAGONは、かつて『島唄』のリミックス(2002年)や日本代表応援コンピレーションアルバム『ULTRAS』に参加している。このように、事前に発表されていたラインナップを改めて見返してみても、今回のイベントが開催できなかったことが非常に残念でならない。きっとFC東京ファンのみならず、フットボールファンも、それ以外の音楽ファンも楽しめるイベントになったことだろう。

スカパラとチバユウスケがシングル『カナリヤ鳴く空』以来の共演を果たした『Dale Dale! ~ダレ・ダレ!~ feat.チバユウスケ』のMV。当時、音楽ファンが「チバが笑ってる」とザワついたことで知られるタイアップ曲。
DJ DRAGONがアルフレッド・カセーロとTHE BOOMとともに2002年6月、国立競技場(※2015年に解体された旧・国立競技場)での日韓W杯・日本vsチュニジアのパブリックビューイングで披露した『島唄』。元々はTHE BOOMの名曲だが、アルゼンチンのコメディアンでシンガーでもあるアルフレッド・カセーロがカヴァーしている。

そんな数々の豪華メンバーの中でも、特に“とんねるず世代”直撃の筆者が最も注目していたのが、“みなさんのおかげです『貧乏家の人々』の荻野目ちゃん”、荻野目洋子の出演だ。彼女がいなければ、日本のスポーツ観戦は今よりつまらないものになっていたのではないか、とさえ考えている。

今でこそ、大阪の登美丘高校ダンス部のバブリーダンスで注目を集めた彼女だが、これまでに日本サポーター文化に与えた影響は決して小さくないと筆者は考えている。その理由は、1985年に発売した自身5枚目のシングル『恋してカリビアン』ほど、日本のスポーツ応援で歌われた曲はないからだ。Jリーグをご覧になっている方にはおなじみのチャント。曲名にピンとこない方は「○○のゴールが見た〜い、見た〜い♪ラララ〜ラ〜、ララ〜ラ〜♬」といった歌詞は聞き覚えあるのではないだろうか。

例えば今回のイベントを主催するFC東京で言えば、かつて在籍していた長谷川アーリアジャスール(現・ガイナーレ鳥取)のチャントだ。彼のフルネームを『恋してカリビアン』冒頭のメロディーにのせて言うという、実にシンプルながらインパクト絶大な個人チャント。その出来の良さは、彼が移籍する先々で歌い継がれていることでもわかるだろう。なお余談ではあるが、彼がその後に在籍したセレッソ大阪でも『恋してカリビアン』チャントは使われていたが、彼が入団以前より森島寛晃(現・セレッソ大阪社長)以降、香川真司、清武弘嗣、柿谷曜一朗(現・徳島ヴォルティス)と“背番号8”を代々継承する選手にのみ歌われる特別なものだったため、映画『スティング』のテーマである『ジ・エンターテイナー』が採用されたという経緯がある。

さらにそれ以前には浦和レッドダイヤモンズで水内猛、大柴健二といった選手や、日本代表などでも使用されており、男女問わず多くの選手やチームがお世話になっている曲といえる。

FC東京で『恋してカリビアン』といえば、長谷川アーリアジャスール選手の個人チャント。チームに在籍していた2013年のインタビューで、自身のチャントについて答えている。名前を言うだけのシンプルなチャントで、この破壊力と中毒性は凄まじい。

いつまでも耳に残るメロディーが印象的にもかかわらず、当の荻野目本人がのちに「自分ではいい曲だ、と思ってもなかなかベストテンには入れなかったあの頃。」(※本人ブログより)と語るように、発売当初はオリコン最高位24位と大ヒットと呼べるものではなかったという。そんな不遇な曲の大きな転機となったのはサッカー…ではなく、実は野球だった。ベテランスポーツファンの皆さんならきっとご存知であろう、パリーグ・西武ライオンズ(※当時)の応援団が選手応援歌に採用したことに他ならない。採用の理由は今もって不明だが、曲の冒頭部分と打撃のタイミングがちゃんと“ハマる”ように、8小節の内に収まる調整がされたメロディーは、球界屈指のホームランバッター・秋山幸二の応援歌として長らく使われた。秋山の活躍も手伝ってか『恋してカリビアン』はその後、高校野球の応援でも頻繁に使用されるようになった。そして現在そのメロディーはジャンルを超え、サッカーのスタジアムへと伝わっている。なかなかランキング上位に入れなかったアイドルソングが、どういう理由で30年以上歌われる息の長い曲に変わっていくのか。まったくもって不思議なものである。

西武、ダイエーで活躍した秋山幸二の応援歌。実は彼には多くの応援歌が作られており、『恋してカリビアン』は西武時代の3曲目にあたる。なおダイエー移籍後は2曲作られたが、西武時代のものは転用されていない。

すでにスコットランドにおいて1887年のカップ戦決勝には“原型”のようなものが存在していたというフットボールチャント。現在もノリッジ・シティのファンに愛される『On The Ball, City』(OTBC)が少なくとも1902年以前から歌われていたという記録があり、現時点ではこれが最古のチャントとされている。(※最古に関しては諸説あり、ポーツマスの『Pompey Chimes』もしくは 『Play Up, Pompey』とも言われている)こうしたサポーター文化はフットボールの国際的な普及、大規模な世界大会の開催をきっかけに、参加国や対戦相手のファン同士が互いに影響を与え合うことで広まり、地域性等に合わせてそれぞれが独自に発展させていった。

試合前にホームスタジアムのキャロウ・ロードで響き渡る、イエローアーミーたちが歌う『OTBC』。19世紀末に作られたとされる歌だが、「いいぞ、シティ!危険は気にするな!」というチームへの強く暖かい後押しに、チャントの原型を感じずにはいられない。

チャントという名前からも分かる通り、元々は聖歌をベースにしたメロディーが応援に使われていたが、その後はクラシックや民謡、童謡やCM曲など様々なものがアイディアの素となっている。特に最もポピュラーなのが、皆さんご存知の歌謡曲をモチーフとしたものだ。The Beatles『Hey, Jude』や、Pig Bag『Papa’s Got a Brand New Pigbag』、The White Stripes『Seven Nation Army』、最近ではリヴァプールの新世代フォークスターであるJamie Websterの『Allez Allez Allez』や、弊サイトでも以前にご紹介したGALAの『Freed from Desire』といった曲が有名どころで、中にはチャントをきっかけにリバイバルヒットを記録するものも存在する。

2019年6月1日チャンピオンズリーグ決勝直前、試合会場のマドリードに集まった5万人以上のリヴァプールファンの前でライブをおこなったジェイミー・ウェブスター。元々レッズファンがカップ戦で歌うチャントを、ジェイミーがアレンジし大ヒット。アコギ一本でパブを回っていた苦労人は、愛するクラブの優勝もあいまって国民的スターへと登りつめた。
2000年初めにイギリスで成功した3人組アイドルユニット・Atomic KIttenの2001年の大ヒット曲『Whole Again』。EURO2020での快進撃を受け、イングランドファンがこの曲の歌詞を変えて「Southgate, your one. Football’s coming home again.」と歌ったことからリバイバルヒット。大会中はファンゾーンにて、アトミック・キトゥン本人たちが“チャント通り”に歌詞を変えて披露している。

リバイバルヒットと言えば、荻野目洋子キャリア最大のヒット曲である『ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)』もまた、 アルビレックス新潟時代の山本康裕(現・ジュビロ磐田)や、かつて川崎フロンターレで活躍した井川祐輔などのJリーグ選手のみならず、高校野球や高校サッカー、さらには海を越えて台湾野球界でも使用されている人気応援歌。さらにベネズエラで生まれた『Moliendo Café』のカヴァー『コーヒー・ルンバ』(※正確には1961年発売の西田佐知子の楽曲のリメイク)にいたっては、ボケンセ発祥の“世界で最も有名なフットボールチャント”のひとつ『Dale Cavese』として知られているのだから、まったくの偶然で意図していないとはいえど、何かとフットボールに縁のある人とも言えそうだ。

FC東京ファンによる『コーヒ・ルンバ』。荻野目洋子版の原曲の、さらに原曲にあたる『Moliendo Café』は世界800以上のクラブで歌われており、日本でも他には横浜F・マリノス、湘南ベルマーレ、北海道コンサドーレ札幌などで用いられている。

以上が私の考える“荻野目洋子=日本サッカー影の功労者”説、その理由なのだが…いかがだろうか。長々と書き連ねてきたが、兎にも角にも新型コロナが収束の目処がたった今こそ、改めて開催を期待したいところだ。フットボールの魅力に普段とは違う角度から触れてみる、というのも悪くないはずだ。

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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