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【ヨコハマ・フットボール映画祭2023】映画『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』をレビューしてみた!!

今年は6月17日・18日に開催するフットボール映画の祭典、『ヨコハマ・フットボール映画祭2023』(以下、YFFF2023)。今回LADS FOOTBALLがご紹介させていただくYFFF2023上映作品は、映画『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』である。本作は2019年、女子W杯で大会連覇を成し遂げたアメリカ女子代表選手たちを追うドキュメンタリー映画だが、その主な舞台は彼女たちが最も輝くピッチの上…ではない。全てを得るか、それとも全てを失うか。多くの修羅場をくぐってきた彼女たちですら経験したことがない尋常ならざるプレッシャーの下、世界王者の誇りと価値を賭けた真の“絶対に負けられない戦い”がおこなわれていたのだ。

いきなり脱線で恐縮だが、本作品の英語版トレーラーではBGMとして、アメリカの実力派スカパンクバンド『No Doubt』(ノー・ダウト)の“Just A Girl”が使用されている。古くから女性たちが社会に押し付けられてきた、「女性はこうあるべき」というステレオタイプに対する皮肉が込められた歌詞、その和訳はこんな感じだ。

“ピンクのリボンなんて、どこかにやって。

無防備になっちゃったけど、たいして驚くことじゃないでしょ。

どこにいるのか、私が知らないと思ってる?

この世界は私に、あなたの手を握るように強制させるのよ。

だって、私はただの女の子。まぁ、少しだけ歳だけど。

私から目を離さないでよ。

私はただの女の子…可愛くて小柄なの。

だから、権利なんて与えないで。

もう我慢なんてできないわ!”

当時、日本の若者に大人気だった、グウェン・ステファニー率いるノー・ダウト。女優、ファンションデザイナーなど多彩な才能を持つ彼女だが、バンドが売れるまで10年という長い下積み時代を経験しており、楽曲にはその間に経験した苦労や差別など、彼女の実体験が多く反映されている。

筆者が“Just A Girl”で思い出すのは、(映画のレビューに他作品を引き合いに出すのもどうかと思うが)2019年公開の『キャプテン・マーベル』。スパイダーマンやアイアンマンなどでおなじみのマーベル・コミックのヒーローであり、シリーズ史上最強との呼び声も高い、新しいタイプの女性ヒーローである。圧倒的な強さを持っているにも関わらず、優秀な兵士となるには力を制限すべしと“洗脳”されてきた彼女。だが、本当に戦うべき相手が誰なのかを思い出し、封じられた力を取り戻すと、「私はただの女の子」と歌われる曲をバックに大勢の敵をなぎ払うのだ。観ていて愉快痛快なシーンなのである。

だいぶ話が逸れてしまったが、このキャプテン・マーベルと本作『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』の主役であるアメリカ女子代表選手たち、筆者には同じ“Just A Girl”という曲を通して両者が重なって見えるのだ。強大な相手に立ち向かい、勝ち取り、本来持っていたはずの力を取り戻す、そんな姿を。

2019年、女子W杯フランス大会で4度目の優勝を果たしたアメリカ代表。彼女たちは負けられない戦いの裏側で、もうひとつの過酷な戦いに挑んでいた。

アメリカ女子代表、その足跡は輝かしい栄光に包まれている。これまで8回開催された女子W杯で4度制覇(※2015年から2連覇中)、1996年から女子サッカーが採用されたオリンピックでも金メダルに輝くこと4回と、どちらも史上最多を誇る。過去にはアビー・ワンバックやミア・ハムなど世界的スーパースターを輩出しており、長い間トップを維持しているFIFAランキングで3位以下に転落したことなど1度もない。正真正銘、誰もが認める世界最強の代表チーム。だが、その強さ以上にこのチームが偉大なのは、その社会的影響力の大きさだろう。

アメリカ女子サッカーの国内リーグ、ナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ(NWSL)は創設から10年という節目となる2022年、合計観客動員数が100万人を突破した。1試合平均観客数も8,000人に手が届く勢いであり、1970年代では700人と言われていた国内の競技人口は約160万人(※2006年FIFA調べ 同年調査によると日本では女子4万6千人、男子は100万人だった)に達した。現在女子サッカーは「アメリカで最も人気の女子スポーツ」となっており、競技発展における最大の功労者である代表チームは多くの女性アスリートの憧れの対象である。にもかかわらず、である。

アメリカの動画配信サービス『HBO Max』(現『Max』)が製作したドキュメンタリー映画、本作『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』。ことの始まりは2019年、女子W杯フランス大会をわずか3ヶ月後に控えた3月8日の“世界女性デー”まで遡る。ミーガン・ラピノー選手を中心にしたアメリカ女子代表選手たちは象徴的なこの日、アメリカサッカー連盟を相手取って集団訴訟を起こしたのだ。「女子代表選手たちと男子代表選手たちとの給料格差は、1964年に制定された公民権法に違反している」と。訴訟には格差によって未払いとなった報酬を含めた損害の賠償に加え、男子代表と同等の賃金、待遇(プレーする場所や治療、コーチング面での問題など)の改善が含まれていた。

性差別を禁じる法律、通称タイトルナインが施行されて50周年となる2022年、原告団代表として連盟との和解交渉に関する記者会見に臨むアメリカ女子代表、ミーガン・ラピノー選手(右)とアレックス・モーガン選手。いまや現代アメリカ女性の象徴とされる両選手だが、本作より以前の2016年にもこの問題で連盟と争い、満足な結果を得られなかったという経緯がある。(※画像:AP Photo/Seth Wenig)

作中でも語られているが、具体的には2014年W杯をベスト16で敗退したアメリカ男子代表が得た賞金は511万ドルだったのに対し、女子代表は翌年開催の女子W杯で優勝しても164万ドルと、4分の1程度の報酬しか手にする事ができなかった。また親善試合でも男子が1試合あたり13,166ドル(※20試合出場し、そのすべてに勝ったと想定した数字 最大で263,320ドル)に対し、女子は4,950ドル(※同じ想定による 最大99,000ドル)と半分以下。いくら男子を上回る結果を残したとしても、こうした不平等な状況は長年変わってはいない。

“イコール・ペイ”(男女同一賃金)を合言葉に抗議運動を開始した彼女たちは、直後におこなわれた女子W杯フランス大会での優勝という大きな追い風もあいまって、世論を味方につけることに成功。要望はすんなりと実現する…かに思われたが、現実は期待した通りには簡単に進まない。早期にまとまると思われた連盟との和解交渉は一転決裂、本格的な法廷闘争へと発展してしまう。家事や育児、副業(試合や合宿、移籍などで定職に就けない)と、日頃からサッカーだけに専念する事が難しい彼女たちに、裁判が更なる負担としてのしかかる。公判準備やメディア出演など過酷なスケジュールとプレッシャーで心身ともにすり減らしていく中、彼女たちは“雇用主”である連盟から勝利をもぎ取る事ができるか?…というのが、本作のストーリーである。

不勉強な筆者が本作を観て最初に感じたのは、「え?こんなスーパースターたちですら、未だにこんな扱いなの??」という驚きである。女子サッカーで最も成功しているであろうアメリカにおいて、なぜチャンピオンへの待遇がこんなに悪いのか。多くのことを成し遂げた彼女たちに対するリスペクトもなく、男子の何倍もの苦労をしても同等の権利すら認められないのはなぜなのか。選手が直面している様々な不条理はどれも深刻で、大きく重い。

スタジアムで掲げられる“イコール・ペイ”を訴えるバナー。結果を出し続ける女子代表チームに対し、ファンの多くは男女の給与格差の是正に賛成の声をあげる。(※画像:Icon Sportswire/Getty Images)
近年では欧州クラブも力を入れ始めた女子チームだが、取り巻く環境は高まる人気に追いついていない。2023年1月、ロンドンのキングスメドウで開催されたチェルシーvsリヴァプールは悪天候にもかかわらず試合を強行されたが、キックオフ直後から凍ったピッチによる転倒者が続出。主審は止むを得ず、わずか6分で試合の中止を決定した。結果、判断を誤ったクラブとFAには「女子の試合で選手の安全と健康が真剣に考えられるのはいつ?」と非難が殺到した。(※画像:Telegraph/PA)

それでも本作が暗い雰囲気にならないのは、ひとえに代表選手たちのキャラクターに他ならない。サッカー連盟という手強い相手への憎悪を膨らますのではなく、(実際、彼女たちは連盟のこれまでの支援に感謝しており、はなから敵対する意志はないと語っている)さらに団結を強めていく彼女たちの姿は、ふだん我々がピッチの上で見ているアメリカ代表そのもの。壁にぶち当たってもポジティブさを失わない、だからこそ我々は彼女たちに共感し応援したくなるのだ。

これまでの社会派ドキュメンタリーとは一線を画すポップでテンポの良い編集もまた、我々がスムーズに映画へ没入できる要因のひとつだ。上映時間105分がまったく苦にならず、製作者たちの見事な手腕によるものは大きいのだろう。“敷居を低くする”ことによって、本来は誰もが無関心ではいけないのに食わず嫌いや敬遠されがちだった話題を、より多くの人々へ、もっと身近なものにする。これこそラピノー選手が作中で語っている「私たちにしかできこと」なのだろう。

強くてたくましく、イケてるチャンピオンたち。キャプテン・マーベルにも勝るとも劣らない彼女たちの活躍はもちろんのこと、深刻なテーマを扱うドキュメンタリーにもかかわらず、鑑賞後はヒーロー映画のような不思議な爽快感をぜひ味わっていただきたい。

『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』(2021年・アメリカ・105分)原題:LFG
監督:アンドレア・ニックス・ファイン、ショーン・ファイン
出演:ミーガン・ラピノー、ジェシカ・マクドナルド、ベッキー・サワーブラン 他

※映画の英語版トレーラーや男女平等を目的とした#WhenWeValueWomen キャンペーンなど、映画『LFG』公式ウェブサイト(※英語)はコチラ

※『LFG -モノ言うチャンピオンたち-』は【ヨコハマ・フットボール映画祭2023】にて上映!!

ヨコハマ・フットボール映画祭2023は、2023年6月17日(土) ・18日(日) かなっくホール(横浜市神奈川区東神奈川)、6月19日(月)~23日(金)シネマ・ジャック&ベティ(横浜市中区若葉町) にて開催。本作品を含む上映スケジュールやチケット購入など、映画祭の詳細はヨコハマ・フットボール映画祭2023公式サイト(https://yfff.org/)まで。

※またYFFFのYouTubeチャンネルでは各上映作品の予告編、関連企画を実施中!チャンネル登録はこちらまで!

※過去の映画祭レビュー記事はコチラ

【ヨコハマ・フットボール映画祭2022】映画『バモス!ドミンゴ -夢の実況席-』

【ヨコハマ・フットボール映画祭】映画『俺たちブロンリー・ボーイズ -ヘタレなクラブの愛し方-』

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KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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