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【ヨコハマ・フットボール映画祭2022】映画『バモス!ドミンゴ -夢の実況席-』

メキシコ、中年男性、そしてフットボール。弊サイト的には大好物(笑)の要素が満載の映画を1本ご紹介したいと思う。今回初の6月開催となった『ヨコハマ・フットボール映画祭2022』の上映作品、映画『バモス!ドミンゴ-夢の実況席-』。夢を目指すのに年齢制限はないと教えてくれる、中年の味方。サッカーに詳しい人はもちろんのこと、これからサッカー沼に引きずり込みたい人を連れて行くにもピッタリ(?)のLADS FOOTBALLオススメ作品である。今回はオススメの理由を、筆者の妄想も併せてご紹介したい。

メキシコ第2の都市、グアダラハラ。世界遺産『オスピシオ・カバーニャス』やグアダラハラ大聖堂など数多くの観光名所と、閑静な高級住宅街が広がるこの街は『西部の真珠』と称されている。またサッカーファンには、チーバスことCDグアダラハラとCFアトラスという、国内でもトップクラスの人気チーム2つが本拠を構える街としても広く知られている。

主人公ドミンゴが愛するグアダラハラの人気クラブ、CFアトラス。2021年前期リーグでは、実に70年ぶりとなる優勝で多くのファンたちを喜ばせた。だがその名前は残念ながら、2022年の大乱闘事件によって世界に知られることとなった。
同じ街のライバル同士の対戦はクラシコ・タパティオ(グアダラハラ・ダービー)と呼ばれ、メキシコ最古のダービーとして知られている。

本作の舞台はグアダラハラのきらびやかな街角…ではなく、その郊外。労働者階級の人々が多く住む貧しい地域の方である。アトラスのTV中継を観るのが楽しみという主人公ドミンゴは、ただいま絶賛就職活動中の55歳。しかも、ようやく仕事を見つけても長続きしないというダメっぷりで、とうとう愛する妻にも愛想を尽かされ出て行かれてしまう。上映してまもなく、ドミンゴまさかのマイナスからのスタート。だが、停滞していた彼の人生を大きく変えたのは、同じTV観戦仲間である友人ロベルトの何気ないアドバイスだった。

「問題は、嫌々働いてたことだ。楽しめる職を探せ。それならきっと長く続けられる。」

ドミンゴの頭の中でひらめいたのは、子供の頃の夢であるサッカーの実況。夢の職業ならば、今までの仕事と違って長く勤められるかも。さらに、実況者としてTVで活躍するようになれば、きっと妻は自分を惚れなおして戻ってくるに違いない。思い立った彼は近所のグラウンドに行き、草サッカーチームの試合実況を勝手に始めたのだった…。映画『バモス!ドミンゴ-夢の実況席-』、それはどこか抜けてるが情熱だけ人一倍という、さえない中年男による一世一代の大勝負を綴った作品なのだ。

今作の主演をつとめたのは、自らもメガホンを取るメキシコ人俳優のエドゥアルド・コバルビアス。作品の舞台グアダラハラ出身でもある彼は、役作りのためにアルゼンチンの放送局のアナウンサーを参考にしたという。

「いくつになっても夢は追いかけることができる」“中年の星”ドミンゴの挑戦が、やはりこの作品の1番の見せ所。熱い気持ちと行動力さえあれば、経験も年齢も関係ないというメッセージには筆者同様、背中を押される方も多いのではないだろうか。さらに主人公を支える周囲の人々も、この作品を魅力的にする重要な存在。彼らはドミンゴのことを無謀と否定するわけでも、バカだと笑うこともない。厄介ごとに巻き込まれて迷惑をかけられることもしばしばだが、にもかかわらず我が事のようにドミンゴの夢に協力する姿に、思わず胸が暖かくなる。無職で空気が読めないけど魅力的な主人公と、密かに彼を慕うマドンナ、要所要所で手助けしてくれる少年、粗野だけどノリのいい草サッカーチームのメンバーたち、などなど…。これって完全に昭和の古き良き“下町人情ドラマ”ですよね?フーテンのナントカさんですよね??

ヨコハマ・フットボール映画祭のスタッフの皆さんが、当初今作の邦題を『ドミンゴはつらいよ』にしようとしていた、というのは大いにうなずける。ドミンゴを応援していたはずだったのに、作品を観終わる頃には逆に応援された気分になっているので、ご覧になった方はきっと驚くに違いないだろう。

さて蛇足で恐縮だが、この作品の「現代メキシコ社会への批判」という裏テーマの存在も語らせていただこう。携帯電話や録音機器など、作品中に幾度か登場するハイテクとローテクの対比は、富める者と持たざる者の間の格差を暗喩しているのではと私は勝手に考えている。

例えば作品中、主人公がピッチリポーターのオーディションに応募するエピソードは、アトラスと同じ街のライバルであるチーバスの自前ネットメディア『チーバスTV』が製作したリアリティショーが元となっている。この6つのエピソードで構成された『Juglares del Gol』は、チーバスTV開局にあたり新たに募集された専属実況候補2人を、視聴者がスポーツライターたちとともにファイナリスト8人から選ぶという初期の目玉番組だったのだ。

有料デジタルチャンネル・チーバスTVの開局は2016年、それまでチームの試合中継を担っていたメキシコ最大の放送局『テレビサ』との契約を、今は亡きホルヘ・ベルガラ会長が終了させたことがきっかけとなっている。放映権料の急激な減少が原因とされているテレビサ(※『愛される“みんなの嫌われもの”??』参照)との決別に、当時の国内メディアはかなり批判的だった。技術的に難しい放送局の立ち上げと引き換えに、(減少したとはいえ)放映権料を放棄するのは危険ではと考えられていたからだ。実際、記念すべき最初の中継となったモンテレイ戦は音声障害と画像中断の不具合が発生している。(※こうしたエピソードは以前ご紹介したドラマ『Club de Cuervos』にも影響を与えているかもしれない)

有料デジタルチャンネルの開局を発表したチーバスことCDグアダラハラ。様々な料金プランが用意されているが、メキシコ最大のダービーマッチであるクラブ・アメリカとの『クラシコ・デ・クラシコス』はしっかりと別料金となっている。

そして技術面以上にメディアが反発したのは、有料コンテンツへの急激な移行が多くのチーバスファンを置いてけぼりにするのではないかということだった。貧富の差が激しいメキシコにおいて、2015年末時点の国内のネット利用率はわずか59.8%(※同時期の日本の普及率は83%)と低水準。にもかかわらず、労働者階級のチームを自認してきたチーバスが地上波の中継をやめたことはファンへの裏切りであるとメディアは激しく糾弾、チームの姿勢を「チーバスTVエリート主義者」と吐き捨てた。一方でベルガラ会長は「変更を発表すると誰もが批判を始める。これは“メキシコの文化”とも言えるもので、特にチーバスはすべてにおいて批判されるものだ。」と意を介さず、また一般的なファンに新たにのしかかる視聴費用についても「結局のところ、視聴パスを持っていないファンは10人の親戚と一緒に集まって観るのだろう。」と強気の姿勢を崩さなかったのである。

メキシコ人の魂とも生活の一部とも言えるフットボールが庶民の手から離れ、限られた人々の物となっているという現実。元々は「スポーツ実況になりたかった」という想いを主人公ドミンゴに投影したという監督のラウール・ロペス・エチェベリアは、本作品制作にあたり次のようなコメントを述べている。

「『ドミンゴ』の脚本は、サッカー場がコミュニティの中心であり住民に愛されているグアダラハラ郊外にある労働者階級が集まる、とある地域から影響を受けました。サッカー場の周りにコミュニティを構築し、住民たちが関係を築き、そこで経済的な困難やインフラの欠如に直面している様子こそ、この物語における私の主なインスピレーションの源なのです。」(※『Variety』2020年11月30日記事より)

古き良きメキシコの魂を取り戻したい。何も持っていないが熱い気持ちだけは持っている主人公、そしてコラソン(魂)を連呼するオープニング曲に監督の強い強い想いが詰まっている。

もちろん、そんなことは別としても皆さんに強く推したい一本。新型コロナで長らくスタジアム観戦ができず、心がすっかりカサカサとなっている方は特に東神奈川へ、感染対策をしっかりした上でお越しいただきたい。

『バモス!ドミンゴ -夢の実況席-』(2020年・メキシコ・94分)原題:DOMINGO
監督:ラウール・ロペス・エチェベリア
出演:エドゥアルド・コバルビアス、マルサ・クラウディア・モレノ 他

『バモス!ドミンゴ-夢の実況席-』日本語版予告

※初の夏開催!【ヨコハマ・フットボール映画祭2022】にて上映決定!!

ヨコハマ・フットボール映画祭2022は、2022年6月4日(土) ・5日(日) かなっくホール(横浜市神奈川区東神奈川)、6月6日(月)~10日(金)シネマ・ジャック&ベティ(横浜市中区若葉町) にて開催。本作品を含むチケット購入など、映画祭の詳細はヨコハマ・フットボール映画祭2022公式サイト(https://yfff.org/)まで。

※またYFFFのYouTubeチャンネルでは各上映作品の予告編、関連企画を実施中!チャンネル登録はこちらまで!

投稿者プロフィール

KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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