ディエゴ・マラドーナといえば“神の手”ゴールが有名だが、みなさんは“神のキス”というものがあるのをご存知だろうか?こちらも1986年メキシコ・ワールドカップに負けず劣らずの伝説的な名場面なのだが、実は今また新たな解釈を得て、再び脚光を浴びているのだ。
気になる(?)マラドーナのお相手は、ボカ・ジュニアーズと代表チームでの盟友である“エル・パジャロ”(※スズメの意)クラウディオ・カニーヒア。1996年7月14日、ラ・ボンボネーラでおこなわれた宿敵リバープレートとのスーペルクラシコで名シーンは生まれた。ハットトリックを決めて4-1の勝利に貢献したカニーヒアが、先制点をあげた際にマラドーナから受けた熱い祝福が、くだんの“神のキス”なのだ。

ボカとリーベルのスーペルクラシコといえば、世界で最も激しく危険なダービーマッチとして有名な一戦。さらにリーベルは96年に行なわれたこの試合の1ヶ月前に、コパ・リベルタドーレスの決勝でコロンビアのアメリカ・デ・カリを破り2度目の南米王者に輝いたばかり。ボカとしては最大のライバル相手に絶対勝たなければいけない状況だった。それだけに、ゴールが決まったあとで普段以上に感情を爆発させても、何ら不思議なことではない。
とはいえ2人のゴールセレブレーションは、いま見てもかなりセンセーショナルなものだ。アルゼンチンのOlé(オレ)紙はこのキスシーンについて、「2021年半ばの現在ですら、同性愛の話題はサッカー界、そしてスポーツ界全体でタブーとされているのだから、1996年当時はことさらだった。にもかかわらず、マラドーナとカニーヒアは逆の方法でゴールを祝った」と述べている。

さて最近、アルゼンチンのラ・プラタで思わず目を引くグラフィティが見つかった。LGBTQ+(※セクシュアルマイノリティの総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング、クィアの頭文字を取っている)を象徴するレインボーカラーを背景に、“神のキス”をしているマラドーナとカニーヒアの姿。フットボール史に残る名場面が、セクシュアルマイノリティ啓発運動の象徴へと意味合いを変え、現代によみがえったのだ。もちろん本人たちは、彼らなりのやり方でゴールを祝っただけなのだから、差別との戦いのためのシンボルになるとは夢にも思っていなかっただろう。

世界では6月は“プライド月間”として知られており、LGBTQ+の権利を訴えるために様々なイベントが各地で行なわれている。とくに6月28日は、こうした啓発運動のきっかけとなった“ストーンウォールの反乱”にちなみ“世界プライドデー”とされている。このグラフィティはプライドデーに合わせて描かれたと思われ、作品をひと目見ようと訪れた人々の数は、直近の3日間で数百人と言われている。
ただ、啓発運動と2人の姿を結びつけることに快く思っていない者が少なからず存在するらしい。結局この作品はあっという間に落書きだらけの無残な姿に変わり果ててしまった。

様々な差別をなくすため、サッカー界でもLGBTQ+のための支援や啓発運動に力を入れている。だがその試みは決して充分とは言えないだろう。いまだ世界中に影響力がある2人の姿がアイコンとしての“役目”を終えた時、初めて他者を許容できる社会が生まれるのだから。
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