文化・歴史

「ダービーと呼ばないで!」三笘も驚く?ブライトンとクリスタル・パレス、仁義なきライバル関係

イギリス南東部、海岸沿いのリゾート地にあるクラブ、ブライトン&ホーヴ・アルビオン(以下、ブライトン)。日本代表・三笘薫選手の活躍はもちろん、今や魅力的な攻撃的パスサッカーによって、日本でも急激に注目度が高まっている。そんなブライトンのファンには、ひどく嫌がる言葉があるのをご存知だろうか。三笘選手の応援にアメックス・スタジアムへ観戦旅行に出かけたい、と思うサッカーファンが増えそうな今だからこそ知っておきたい豆知識をぜひ…。

オックスフォードやケンブリッジほどではないが、人気の留学先であるイギリス南海岸の都市・ブライトン。“芸術家の街”とも“多様性の街”(毎年LGBTQ+のためのイベント“Brighton Pride”を開催している)とも呼ばれ、古くから貴族の避暑地としても親しまれてきた。フットボールを抜きにしても、一度は訪れてみたい街だ。

だが、ことフットボールに関して、この街は全く別の顔を見せる。とくに憎きライバルである首都ロンドンのクラブ、クリスタル・パレス(以下、パレス)が相手となれば、途端にアメックス・スタジアムはフーリガン全盛だった1970年代に戻ったような不穏な雰囲気に包まれるのだ。2019年に発表された『The League of Love And Hate』という調査では、シーガルズファンの実に85%が「自分たちのライバルはパレス」と答え、2位以下を大きく突き放した。対するイーグルス側も、77%のファンがブライトンをワースト1に選んでいるというのだから、ある意味“相思相愛”。これまで日本で報道されることはあまりなかったが、両者の対戦はプレミアリーグ屈指のライバル対決なのである。

2022年1月、ブライトンでの試合ではブライトン駅の外で警官隊とサポーターが衝突。穏やかな街は一転、殺伐とした空気に支配された。
クリスタル・パレスのファンに、嫌いなチームを聞いてみる動画。ブライトンとパレス、互いのファンとも地元のチームではなく、少し離れた街のクラブを長年のライバルとして強い敵対心を持っている。

ブライトンに興味を持った方ならば、このパレスとの因縁の試合を“M23ダービー”(または“A23ダービー”)として紹介している多くの記事をご覧になったことがあるかもしれない。実際に英国紙のThe SunやThe Guardian、試合を中継するSky Sportsなど国内外メディアの見出しには、試合のたびに“M23ダービー”の文字が躍っている。だが一方で、こうした記事を見聞きすることで、両サポーターは最低でも年2回ウンザリさせられているという事実は意外と知られていない。

「あくまで俺の意見だけど、“M23ダービー”と呼ぶ人間はみんな去勢されるべきじゃないかな。」(※『The Eagles Beak』2020年10月15日記事より)

冒頭の問いに答えるならば…、もしあなたが現地でブライトンファン、またはパレスファンと話をする際には、“M23ダービー”や“A23ダービー”という言葉は避けるべきだ。試しにネットで「M23 Derby」と検索してみるといい。尽きることないネガティブなコメントに、きっと驚かれることだろう。そして、どれだけ両クラブのファンがこの名称を嫌がっているか、ご理解いただけるはずだ。

「親愛なるSky Sportsへ。これはA23/M23ダービーではない。ダービーでさえない。文字通り、すべてのブライトンとパレスのファンの皆さんへ、たくさんの愛を。」(※ブライトンファン)

「年に2回は思い出してほしい。月曜日の試合はA23ダービーでも、M23ダービーでも、A23/M23ダービーでも、ダービーでもないことを。」(※ブライトンファン)

彼らは(彼らに言わせると“無知な”)コメンテーターにだって容赦はしない。例えばNGワードをうっかりツイートしたために、元イングランド代表クリス・サットンは多くの怒りの声を集めてしまった。サポーターは自分達にとって最も重要な試合が、勝手にメディアに作られた“M23ダービー”にすり替えられ押しつけられるのが我慢ならないのだ。

歴史を学ぶか、もしくはコメントするな。誰もそれをM23ダービーとは呼んでないし、ダービーでもないし、地理を超えたライバル関係であって、他のどのプレミアリーグのダービーよりも10倍は優れてる。」(※パレスファン)

「誰もそれをM23ダービーと呼んだことはない。メディアだけが呼んでいることで、パレスとブライトン以外の誰も理解できないライバル関係なんだ。」(※パレスファン)

パレスが本拠を構えるロンドンの南、クロイドン地区の周辺だけを見ても、西にはレディング、東にサウスエンド・ユナイテッド、さらには北にワトフォードと、ダービーマッチの相手になり得るチームは事欠かない。おまけに地元には、あの“悪名高い”ミルウォールもいるという過密地帯だ。ブライトンにしても同じ首都クラブなら、東ロンドンのレイトン・オリエントの方がパレスよりも頻繁に対戦している。にもかかわらず、近距離とはいえ地元でもない70km離れたチームを宿敵とみなしているのだから、確かに「誰も理解できない関係」と言えよう。

ロンドン近郊とブライトン、ホーヴ方面をつなぐ高速道路『M23』。ガトウィック空港のそばを通りノースダウンズ丘陵(クリケット発祥の地とされる)を横断するこの道路がM23ダービーの由来となっている。なお、A23もまた互いの街をつなぐ下道の番号なのだが、いずれにせよ前述の通りネーミングに納得しているファンはかなり少ない。

この特異な関係はまた、常に“何かとんでもないことが起きる”予感をはらんでいる。それはあたかも互いの憎悪を掻き立てるべく、特別にシナリオライターが存在しているのではないかと思えるほどに、だ。

1985年の試合ではパレスのDF、ヘンリー・ヒュートンがブライトンのウィンガーであるゲーリー・ライアンに対し、プロキャリアを終わせるバカげたタックルを見舞った。ライアンは足の3ヶ所を骨折、終了後にはファン同士による乱闘事件が発生したという。89年でも両チーム合わせて5つのPK判定が下されるという大荒れの内容となり、1試合で与えられたPKのリーグ新記録となった。

さらに両クラブがプレミア昇格を争った、2013年プレーオフ準決勝2ndレグ(※ブライトンのホーム)では、試合前のパレス側ドレッシングルームに糞尿が撒き散らされていたという珍事件が。いわゆる“トイレ事件”の1ヶ月後に、犯人がパレスのチームバスの運転手だったと判明。(どうしても我慢できなかったらしい??)解決はしたものの、警察に捜査を依頼する大ごとに発展してしまった。

しかし、激しい対抗心はなにも最初からあったわけではない。単なる1試合に過ぎなかったカードに、特別なエッセンスが加わったのは1976年のこと。2人のフットボールレジェンドがブライトンとパレス、それぞれのクラブの指揮官に就任したことが全ての始まりであった。

2017年11月、36年ぶりに1部での対戦となったパレスとの試合直前、ブライトン中心部にあるジェラード店の壁が真っ赤なペンキで汚された。壁には当時のブライトン主将“エル・カピタン”ブルーノ・サルトール・グラウの壁画が描かれており、警察は容疑者不明ながらパレスファンによる犯行とみている。被害者ジョン・アダムス氏は事件について「でも、壁にブライトンのキャプテンの壁画があれば、それはちょっとした標的にされちゃうよね!」(※画像:Jon Adams/PA)
2021年9月、セルハースト・パークでの対戦をパレス側より紹介するRonald CollanteのVlog。1-1のドローで終わったこのゲーム、互いの熱狂具合が楽しめる素晴らしい動画だ。

アラン・パトリック・ミュレリーとテレンス・フレデリック・”テリー”・ヴェナブルズ…。60年代、ともに現役時はイングランド代表として戦い、ともにトッテナム・ホットスパーで活躍した名選手たちである。だが、チームメイトであった両者の関係は、決して良好とは言えなかった。

「おそらく彼(ヴェナブルズ)より先にトッテナムのキャプテンの座を得たからだと思うよ。テリーがキャプテンになりたかったのは確かだったけど、ビル・ニコルソン(※当時のスパーズ監督で、選手時代と合わせ36年間在籍していた伝説的な指揮官)は私を選んで彼を副キャプテンにした。でも僕らは決して敵同士ではなく、友好的なライバル関係だったんだ。」(※『The Guardian』2011年9月27日記事より

だが実際のところ、“友好的”だったかは疑わしいと言わざるを得ない。なぜならヴェナブルズがクリスタルパレスの、ミュレリーがブライトンの監督に就任した時はすでに、お互いバッチバチのライバル関係にあったからだ。同時期、同じ3部リーグのライバル、初めての監督業で昇格を大いに期待されていた2人…。現役時代からくすぶっていたライバル心に火がついたとしてもおかしくはないはずだ。

結局、この76-77シーズンだけでもブライトンとパレスは5度対戦することになるのだが、その間に両陣営の強すぎる敵対心は、そのままサポーター同士のライバル意識へと伝播していく。

1967年、チームメイトとともにFAカップ優勝を喜ぶ、スパーズ時代のヴェナブルズ(左から2番目)とミュレリー(右から2番目)。ヴェナブルズは現役引退後は監督として活躍。バルセロナに10年ぶりのタイトルをもたらしたのち、スパーズに指揮官として帰還した。(※画像:ゲッティイメージズ)

両クラブの溝を決定づけたのが、悪天候のため2度順延となった76-77シーズンのFAカップ1回戦。中立地のスタンフォード・ブリッジでおこなわれた2度目のリプレイ(再試合)で、ブライトンは蹴り直しとなったPKを外してしまい、0-1でパレスに敗れてしまうのだ。当時のブライトンの監督、ミュレリーは当時の出来事を次の様に振り返る。

「試合後、私はロン・チャリス主審に近づき、なぜ(1度は成功したPKを取り消しにする)決定を下したのか尋ねたんだ。彼は“選手がエリアに侵入したため”と言っていたが、実際に侵入していたのはクリスタル・パレスの選手だったんだ。まったくひどい判定だったよ。(試合後に)トンネルの中へ歩いて戻ろうとした時、パレスのサポーターが熱々のコーヒーを投げつけてきた。だから私は彼らに向けて2本の指を突き立てたんだ。そのあと(パレス側のドレッシングルームに行って)ポケットからひと握りの小銭を取り出し、床に投げつけたんだよ。“それがお前らの価値だよ、クリスタル・パレス!”とね。」(※『The Guardian』2011年9月27日記事より

ちなみにミュレリーの振る舞いを眺めていたヴェナブルズの返事は、「それで?俺たちは勝った。アンラッキーだったな。」であったという。この事件を契機に、翌年の夏を迎える頃には南海岸のクラブと首都クラブの関係は、もはや取り返しのつかない深刻な状況にまでエスカレートしていったのである。

1976年12月6日におこなわれたFAカップ2度目のリプレイでの敗戦後、パレスファンに向け侮蔑のジェスチャーをするミュレリー。(右)結局、彼は警察に連行され、クラブの名誉を傷つけたとして100ポンドの罰金を科せられた。さらに彼が「パレスはゴミ」と言ったと誤解されたことで再び大炎上。のちにクリスタルパレスの監督として就任する際にはパレスファンがボイコットするほどの大反対を受けることになる。

様々な憎しみに彩られ、積み重ねられてきた2クラブの歴史。部外者からすれば、思わず眉をひそめる負の遺産に見えるかも知れない。だがブライトンとパレス、両方のファンたちは「いがみ合いもまた、自分たちのアイデンティティの一部」とむしろ胸をはる。

「パレスファンとしては尊敬すべき、世代を超えたライバル関係だと思う。それはクラブの歴史の一部になった。2つのクラブが定期的に対戦しフットボールの頂点を目指して戦っていた70年代、当時を生きていた人々が今まで両クラブのライバル関係を守り続けてきてくれた。続ける必要がある。」(※パレスファン、ジェイムズ・マッカラム『Outside Write』記事“Why Crystal Palace and Brighton Are Rivals”より

「(ライバル関係について、いちいち説明しなければいけないのは)確かにちょっと面倒。だが、お互いのクラブにとって、(ブライトンvsパレス戦が)プレミアリーグに留まる大きな動機の1つであることは間違いない。これが最高レベルでの試合であればあるほど、より多くの人々がそれが何であるかを理解できる機会が増えて説明する必要が少なくなるかもね。」(※ブライトンのファンサイト『WE ARE BRIGHTON』『The Eagles Beak』2020年10月15日記事より)

前述のRonald Collanteによる最新動画。両サポーターの挑発合戦など興味深いシーンばかり??(※音量注意)

1920年の初対戦以来、昨年2022年までの対戦成績はブライトンの40勝38敗29分け。先日の2023年2月11日にセルハースト・パークでおこなわれた試合では、まさかのVARのミスによりペルビス・エストゥピニャンのゴールがオフサイド判定によって取り消され、奇しくも新たな因縁がまた追加されることになった。これによって、両者の戦いはさらに豊かなものとなるだろう。

他者にはなかなか伝わりにくい、シーガルズとイーグルスの奇妙な縁。そこには粗野で生々しいフットボールの魅力が、これでもかというくらい詰まっている。

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KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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  1. […] 以前の記事で、ブライトンとクリスタルパレスの長い時間をかけて熟成された因縁をご紹介した。日頃から切磋琢磨しあうライバル関係は、フットボールが競技である以上はなくてはならないこと。だが一方で、同じくらいに互いをリスペクトし、ファン・クラブぐるみで友好な関係を結ぶ“逆のパターン”も実は少なくない。アーセナルとスパルタ・プラハ、アスレティック・ビルバオとサウサンプトン、ユベントスとノッツ・カウンティ、などなど。そのきっかけは実に様々で、ファンの交流から生まれることもあれば、クラブの成り立ちに関わるもの、イデオロギーの合致や、フットボールおなじみの“敵の敵は味方”理論が当てはまる場合も。では、今回ご紹介するイタリアとアルゼンチンの港町のクラブ、両者の場合は…。 […]

  2. […] 以前の記事で、ブライトンとクリスタルパレスの長い時間をかけて熟成された因縁をご紹介した。日頃から切磋琢磨しあうライバル関係は、フットボールが競技である以上はなくてはならないこと。だが一方で、同じくらいに互いをリスペクトし、ファン・クラブぐるみで友好な関係を結ぶ“逆のパターン”も実は少なくない。アーセナルとスパルタ・プラハ、アスレティック・ビルバオとサウサンプトン、ユベントスとノッツ・カウンティ、などなど。そのきっかけは実に様々で、ファンの交流から生まれることもあれば、クラブの成り立ちに関わるもの、イデオロギーの合致や、フットボールおなじみの“敵の敵は味方”理論が当てはまる場合も。では、今回ご紹介するイタリアとアルゼンチンの港町のクラブ、両者の場合は…。 […]

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