まもなく開幕されるAFCアジアチャンピオンズリーグ2022。今大会も新型コロナウイルスの影響から、グループステージは中2日の6連戦という過密日程、そしてセントラル方式での集中開催という過酷なレギュレーションを強いられることとなる。その中でLADS FOOTBALLの注目はグループI、J王者・川崎フロンターレと同居するサザン・タイガースことジョホール・ダルル・タジム(JDT)だ。開催地、地元マレーシアのクラブだからというだけではない。彼らからなら勝ち点6を奪えると思い込んでいるファンも多いだろうが、実はJDTは近い将来アジアサッカーの主役になりうる可能性を大いに秘めたクラブなのだ。
マレーシアのクラブと聞いても多くの人はピンとこないかもしれないが、彼らのホームがジョホールバルと聞けば親近感が湧くだろうか。『ジョホールバルの歓喜』…1997年、日本が翌年のフランスW杯初出場をかけイランと激闘を繰り広げた、言うまでもなく日本サッカーの歴史に燦然と輝く偉業のひとつである。延長戦までもつれ込む試合自体の濃密さはもちろん、約1万5,000人と言われる日本人サポーターが古びた市民球場に大挙して乗り込んできたことは、いまでも現地ジョホールバルの人々にとって衝撃的な出来事だったという。
今回のACL2022ではジョホールバルにあるJDTの“新旧”ホームスタジアムでの開催が決定しており、40,000人収容の“新”スタジアム『スルタン・イブラヒム・スタジアム』でのフロンターレvsJDTの2試合を除き、あの歓喜の舞台だった“旧”ホームであるラーキン・スタジアムがメイン会場となっている。フロンターレ以外のライバル同士の対戦ではあるが、日本人には感慨深いものになる…かもしれない。

余談ではあるが、ラーキン・スタジアム内には『ジョホール・ジャパン・フットボール・ギャラリー』という施設があり、『ジョホールバルの歓喜』にまつわる展示がされている。大規模改修を重ねた現在のスタジアムの姿から当時の面影を探すのは難しいかもしれないが、こうしたギャラリーで1997年の感動の追体験できるのは嬉しいものだ。ジョホールバルに訪れる機会がある方には、ぜひ日本代表の聖地巡礼をオススメしたい。

JDTが日本と少なからず縁があることはわかっていただけたと思うが、彼らについて更に多くのことを語る上で最も重要なのが、TMJ(Tunku Mahkota Johor=ジョホール州皇太子の意)の呼び名で親しまれるジョホール州の王族の王子、そしてJDTの会長でもあるトゥンク・イスマイル・イドリス皇太子の存在だろう。個人資産は1,050億円以上と言われ、国内はもちろん世界中に広いコネクションを持つ大富豪だ。バレンシアやミランといった欧州ビッグクラブの買収話があがるたび、幾度となく買い手として噂される人物でもある。

自らの潤沢な資金で世界中からワールドクラスの選手をかき集め、強いチームを作り上げる。そんな旧来の手法とは大きく異なるのが、若きミリオネアの巧みな戦略だ。
2012年、トゥンク・イスマイルがジョホール州サッカー協会会長に就任すると、彼はまずプロアマ問わずジョホール州内にある全てのクラブをひとつに統合。かつてあったジョホールFAを母体とした新チーム、『ジョホール・ダルル・タジムFC』を立ち上げる。様々な権利問題などをクリアにした後は正式にJDTの会長職に就き、欧州クラブを手本とした組織づくりに腐心していった。その分野はチーム強化だけでなく、経営、広告、クラブインフラなど多岐に渡る。例えばボルシア・ドルトムントからはマーケティングやクラブの運営面を、ユース年代や指導者の育成に関することはバレンシア、他にもバルセロナやパリ・サンジェルマン、マンチェスター・ユナイテッドといった名門クラブの優れたメソッドの中からJDTの哲学・方針に合致するものを、言わばイイトコどりをしながらマレーシアに欧州クラブの“完コピ”を作り出したのだ。

このような大胆な改革に踏み切った要因に、マレーシアサッカーが抱える体質が影響していると考えられる。昔からマレーシアでは州政府直轄のサッカー協会が各クラブを管理しており、AFCの勧告による是正が成された現在でもなお、州政府の支援に頼りきりの放漫経営が常態化している状況にある。そのため昨今の新型コロナによるチケット代の大幅減収といった急激な変化に対応できず、賃金未払いによる選手の大量退団といった事態が頻発している。こうした中で皇太子とJDTが新クラブの経営モデルとして海外に目を向けるのは当然の流れ。旧態依然とした悪しき伝統からの脱却のために、いったん全てを無にするという強引とも思える手法もまた、ある意味合理的と言えるのかもしれない。

選手補強に関してもJDTの哲学が色濃く反映されている。当初こそオーナーはダニ・グイサ(元スペイン代表)やパブロ・アイマール(元アルゼンチン代表)といったビッグネームを連れてきたが、クラブが軌道に乗った現在「スタープレーヤーをクラブに連れてくることに、まったく興味がない。」と言い切る。あくまで彼らビッグネームの獲得は世間にジョホールのサッカーが変わったと思わせるためのインパクトであり、“最初のステップ”にすぎないと考えているのだ。
「それはクラブの哲学ではない。ディーヴァのような(=自己中心的な)者がいたとしたら、いわゆるマーキープレイヤー(高額なスター選手)を獲得するのはクラブにとって危険なこと。JDTではチーム内における協調性を非常に重要視している。JDTでは団結こそが全てであり、これこそ我々の強みなんだ。」

実際に2016年のリーグ得点王という華々しい実績を残しながら、給与の大幅な引き上げを要求したホルヘ・ぺレイラ・ディアスのように、“哲学”に背いた者は容赦なくクラブから追い出された。逆に2022年の新戦力としてウディネーゼから獲得した、元イタリア年代別代表でU19欧州選手権2008準優勝メンバーのアタッカー、フェルナンド・フォレスティエリはタイトルと無縁の苦労人ではあるが、実力のみならずJDTの方針に合致した“チームのために戦える”選手として大いに評価されている。
他にも国内のライバルからは代表クラス、国外からは将来有望な帰化選手を獲得。“名より実をとる”コスパ重視の補強で、外国籍だけでなくマレーシア人選手層の強化も図っている。今では「マレーシア代表が負ければJDTのせいだと言われる」とTMJが苦笑いするほどの国内トップクラスの戦力が揃っており、かつて2部降格圏をさまよっていた頃の姿はもはやない。むしろ近年では2位以下を勝ち点で大きく引き離してシーズンを終えており、JDT結成から10年経たずして“マレーシアの絶対王者”としての貫禄が漂っている。

皇太子がオーナーに就任して以降、JDTは2014年シーズンからマレーシア・スーパーリーグを8連覇中。(※JDT以外で2連覇以上を成し遂げたチームは、1979年にマレーシアリーグが始まってからひとつもない)また2015年にはマレーシア勢初となる国際タイトルであるAFCカップ制覇も成し遂げており、アジア最高峰の戦いであるACLには今大会で4回目の挑戦となった。こうしたJDTの成功は周辺国にも少なからず影響を与えており、欧州スタイルを目指した彼らはいまや東南アジアの国々のクラブの手本になろうとしている。
オーナーとクラブの次なる目標は、初のACLグループリーグ突破。韓国の蔚山現代、中国の広州FC(旧・広州恒大)といった2度のアジア制覇経験クラブに加え、圧倒的な強さでJを制した川崎フロンターレという強豪ぞろいの非常に厳しいグループに組み込まれたが、JDTは集中開催というレギュレーションによって生まれたホームアドバンテージを大いに活用したいところ。今季の初タイトル、マレーシアカップ王者KLシティとの間でおこなわれたチャリティーカップ前には、皇太子からの激しいゲキ(※「勝たなければ、オレはサッカーから手を引くぞ」と、何よりも恐ろしいコメントがあった。)が飛んだとのことで、おそらくフロンターレとのスルタン・イブラヒム・スタジアムでの試合前では特に、選手がいやがうえにも奮い立つような強烈なハッパがかけられることだろう。また(本稿執筆時点では)広州FCはACL登録メンバー全員が22歳以下という若手のみで臨むことが発表されており、いずれもJDTにとっては悲願達成の大きな追い風になりそうだ。

もちろん現在国内リーグで絶好調の蔚山現代、現在暫定ながらJリーグ首位の川崎フロンターレを出し抜くのは、大観衆を味方につけても相当難しい。が、もはやJDTにとって夢物語ではないはず。思い出してほしい、2019年で鹿島アントラーズを、2020年で水原三星を破ったことを。そして前回2021年で最後まで名古屋グランパスを苦しめたのは誰だったかを。彼らの進化のスピードは、すでに我々の想像をはるかに超えている。
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