人物

「“シンガポールのジーコ”になる」唯一無二、李忠成という生き方(前編)

2026年ワールドカップでの大会参加国増加を受け、ますます熱を帯びてきたアジアサッカー。特に中東・東アジアの壁に阻まれ涙をのんできた東南アジア諸国の動向は非常に興味深いところである。今回LADS FOOTBALLが前後半に分けてインタビューをさせていただいたのは、2022年シーズンにシンガポール・プレミアリーグ所属のアルビレックス新潟シンガポールへ完全移籍した、元・日本代表の李忠成(り・ただなり)選手。世界最高と言えるプレミアリーグを経験し、日本国内のありとあらゆるタイトルを獲得してきた彼にシンガポールでの挑戦について、さらには国際的視野を形成するきっかけ等も語っていただいた。(※文中、敬称略)

「日本でのほほんと暮らそうと思えば暮らせるんです。Jリーグの全タイトルも、ACLのタイトルも獲りました。ルヴァンカップでいえば、大会の初代MVPも。J2からの昇格っていうのも経験しましたし、獲れるものは全部獲りましたから。だから自分の中では大きな挑戦ですね。凄くやりがいのある挑戦です。」

暮れも押し迫った2021年12月、J1・京都サンガを退団した李忠成は入団記者会見の席上で、真新しいオレンジ色のユニフォームに袖を通した姿を披露していた。

大きな挑戦、それはプロ8クラブ目として再び海外を選んだことだった。それも“サッカー界最後のフロンティア”東南アジアの中でも小国と位置付けされる、シンガポール1部リーグのシンガポール・プレミアリーグである。

「オーストラリア、マレーシアは具体的な話まで進んでましたね。オーストラリアは2部のチームと…、ブリスベン・ロアー?宏介(※町田ゼルビア、太田宏介選手)にお願いして1チーム、あと長谷川悠(※南葛SC)にも1チームくらい紹介してもらって。」

旧Sリーグ時代から数えて18シーズン目となる2022年、首位と勝ち点3差の2位と熾烈なタイトル争いを演じている(※当稿執筆時、20節終了時点)のが、ザ・スワンズ(またはホワイトスワンズ)ことアルビレックス新潟シンガポール(以下、アルビS)だ。2016年からは2年連続のシンガポール国内4冠を含むリーグ3連覇。これまで4度の優勝を誇り、今では同国きっての強豪クラブに成長している。ちなみに2021年はACLでの奮闘が記憶に新しい、ライオン・シティ・セイラーズ(以下、LCS)に逆転優勝を許していることもあり、両者の因縁の対戦は地元メディアが“シンガポールのエル・クラシコ”と呼ぶほど。日本ではなじみのないシンガポール・プレミアリーグではあるが、現在はこの2強を中心にまわっていると理解していただいて構わないだろう。

チームメイトとともに、おなじみのゴールセレブレーションを披露する李。(左から2番目)外国人枠が4人となる他クラブに対し、ザ・スワンズは全登録選手の50%ずつをU21とU23で構成しなければならず、李はその中で唯一年齢制限のないオーバーエイジ枠(1名のみ)で登録されている。(※写真:SPL)
7月に行なわれたライバル・LCSとのクラシコでは李は途中出場、ダメ押しとなる4点目をあげてチームの逆転勝利に貢献した。

-シンガポールリーグで人気、といえばどこのクラブですか

「僕の肌感でいうとアルビとセイラーズが1位、2位ですね。同じくらい、観客動員もだいたい1試合2,000人くらい入るので。他のチームでいうと1,000人入らないんじゃないですかね。アルビの試合には日本人がいっぱい来ます。子供たちのチアリーディングとか、イベントものが結構面白いですね。子供が来て親も来る、とか。」

-日本と比べてシンガポールのサポーターは激しい

「熱いサポーターはチラホラいるけど…どうだろう。コアファンはやっぱり、みんな同じくらいのレベルですね。でもホウガン・ユナイテッド、彼らはプライドを持ってます。浦和みたいな感じで、ホントに。お祭りみたいな感じではないですね。戦いみたいな感じです、彼らは。」

アルビレックス新潟シンガポールのホーム、ジュロン・イースト・スタジアム。2,700人収容のサッカー専用スタジアムであり、西口黎央選手が所属するタンジョン・パガー・ユナイテッドFCとの共用となっている。(※写真:アルビレックス新潟シンガポール)
Vlogを中心に配信しているホワイトスワンズのサポーターによるYouTubeチャンネル、『SWANS ARMY』。駐在の日本人のみならず、地元シンガポール人ファンからも日本語のかけ声が。

かかる期待が大きい中、20節終了時点で13試合出場(内、先発10試合)6得点4アシスト。シーズン途中に新型コロナウイルス感染、そして鎖骨骨折による欠場という大きなアクシデントがあったことを考えれば、悪くない成績と言える。

-鳴り物入りで移籍した李選手ですが、リーグでもかなり人気では

「僕のユニフォームを着ている子供たちはチラホラですね。アルビの中での僕の人気は、1番か2番目くらい。ファンディの息子(※イルハン・ファンディ 父はシンガポールサッカーのレジェンド、ファンディ・アフマドで、若くして長兄イルファンと次兄イクサンとともに代表に選ばれているサラブレッド)と自分と。リーグの中でいうと5番目くらいには入りますかね。あとはチームごとに人気選手はいますが、キム・シンウクとかジエゴ・ロペス、元ベルギー代表のマキシム・レスティエンヌ(※いずれの選手もLCS所属)とか。トップはやはり外国人選手ですね。もちろんセイラーズに限って言えば、選手に使うお金がとんでもないんで。1人に2億以上使っているような選手もいるし、1億の選手もポンポンといるし。」

以前LADS FOOTBALLでも紹介した、シンガポール初のメガクラブ・LCS。シンガポールサッカーの成功は彼らのような強豪が複数生まれ、互いに競いあえる環境が作れるかにあるだろう。

シンガポールリーグはユニークなリーグだ。以前LCSの記事でご紹介した通り、国内サッカーは国からの支援とサッカーくじに大きく依存しているために多くのクラブは経済的自立が成されておらず、経営破綻により解散・合併するクラブは少なくない。2015年以前は12あったクラブも、現在では8クラブと数を減らしている状況だ。一方でシンガポールサッカー協会はリーグの維持と自国の代表チーム強化のためにと、2003年からU23シンガポール代表チームを中心とした協会が運営する『ヤングライオンズ』を加えると同時に、アルビSやブルネイのドゥリ・ペンギラン・ムダ・マーコタFC(※現在はコロナ禍による渡航制限により撤退)、また過去にはフランスや中国などからの外国資本のクラブを招待参加という形で組み入れている。(そのためアルビSがリーグ優勝したとしても、彼らがシンガポールの代表としてAFCアジアチャンピオンズリーグのようなアジアのコンペティションに出場することはできない。)

「シンガポールサッカーを発展させるために、これまではアルビのような日本企業のクラブがリーグを引っ張ってきましたが、セイラーズみたいなチームが入ってきて今後は、やはり地元チームが勝たなければいけないと思うんですね。でなければシンガポールリーグは盛り上がらなければいけないと思いますし。一方でアルビレックスも毎年毎年制約(※レギュレーション変更による年齢制限など)のようなものを課せられ、勝てなくさせている中でも勝っていってるんで。その中でアルビの功績で言えば、日本人のOB選手が全てのチームの中心選手として活躍している。だから今、アルビにとっては第2フェーズですね。その選手たちがどうシンガポールサッカーを発展させていくかが、第3フェーズになっていくと思います。」

“第2フェーズ”は着実に進んでいる。例えば同リーグのライバル、バレスティア・カルサの攻撃の中心である日本人トリオはみなアルビSのOB。アルビS在籍時に得点王に輝いた“ジャンボ”こと星野秀平(右端)は2020年から、元U16日本代表の近藤蔵波(中央)とチームの司令塔・谷口遼弥(左端)はアルビSでの活躍が認められて2022年から加入している。(※写真:The Straits Times より)

-シンガポールサッカー、実際の印象は?

「シンガポールリーグの試合は事前に観てました。伸びしろしかないな、という印象でしたね。身体能力はある、足の早さもドリブルもある、でもサッカーの仕方がまだわかっていない。例えば相手が右にいるのに、なんで左足にボールを出さないの、とか。考え方ひとつ…“サッカーIQ”とかが必要なんで。僕の場合はご存知の通り、プロ1年目は全く通用しなかった。ベンチに1mmも入れなかった選手でもココまでこれたっていうのは、正直誰よりも考えていたからです。サッカーは考えることが大事で、サッカーのやり方だったり1つ角度が変われば、もっともっといい代表チームだったり、シンガポールサッカー自体が魅力あるものになるんじゃないかなと思ったんです。」

“30年前の日本サッカーのよう”とは、シンガポールサッカーを目にした日本人が異口同音に語る感想だ。技術面や試合の進め方といった選手個人の部分だけではない。助成金頼りのクラブ運営、熱はあるものの地元に興味を持たないファンなど。かつては日本より強豪だった時代もあったシンガポールではあるが、フットボールにまつわるありとあらゆるものがいまだ途上にあり、社会の中にカルチャーとして定着しているかと言えば疑問が残る。

改めて聞いてみた。そんなシンガポールで、李忠成がキャリアをかけた挑戦をしようとするのはなぜなのか。すると彼は、かつてJリーグに在籍したスター選手たちの名前を引き合いに出しながら答えてくれた。

「シンガポールの未来がまぶしかった(笑)あと、魂が燃えるのはどこなのか。あえて難しいところを選んだってのはありますね。まぶしいっていうのは、これからシンガポールが経済的にすごく発展していくのが明らかに見えるっていうのが僕の中にはあったからです。同時にスポーツというものも経済と共に発展していかなきゃいけないとも思っています。このシンガポールリーグって、正直発展途上だと思うんですね。だから、例えば日本がジーコやドゥンガ、リネカーとか、トッププレイヤーを呼んで日本サッカーを発展させてきたように、自分のキャリアをシンガポールサッカーへ全部注ぐことによって、この国の発展の一助になるんじゃないかなと。そう言う意味で、もう伸び幅しかないところがあったのでシンガポールを選んだっていうのはありますね。」

日本がプロ化するにあたり、絶対に不可欠だった“経験”。ジーコなど世界的なサッカー界のレジェンドから多くのことを学べたことは、まだ施設も技術も考え方もアマチュアの域を出なかった当時の日本サッカーにとって幸運であった。

現在のシンガポールに過去の日本サッカーをダブらせるだけに、いまシンガポールサッカーに何が必要なのかがわかるということだろう。まもなくジーコが日本にやって来た時の年齢に近づこうとしている彼もまた、かつてサッカーの王国から来た伝道師たち同様、ピッチ上のみならず様々な活動を通じてプロ選手の立ち振る舞い、社会との関わり方をシンガポールの人々に示そうとしている。

「1ゴールごとに貰えるボーナスを子供たちがスポーツをする環境を整える団体に寄付しています。やっぱりシンガポールでゴールしたのであれば、シンガポールに返したいなと。」

彼が賛同するSportCaresは、スポーツを通した社会貢献を目的としたシンガポール青少年省が所管する慈善団体である。李はシーズン中、この団体へゴールボーナスを全額寄付する試みをおこなっている。さらには同団体が主催するユース年代のサッカースクールの講師として趣き、若い選手たちとともにイフタール(※イスラム教の伝統儀式・ラマダン中に日没後とる夕食)に参加することも。そんな姿にこのプログラムで改めてサッカーの素晴らしさに触れる若者たちからは、「李選手のようなワールドワイドな選手がシンガポールリーグでプレーしているのを観るのは嬉しい。でも彼が僕らと交流し、ゴールを決めるためのヒントをくれたり、一緒に食事に参加したりするのを見るのはもっと最高だよ!」と大好評である。

「自分の1番得意なもので社会に恩返しをしたい」と語る李。彼自身がスポーツで人生を変えることできるのを体感しているからできることだろう。(※写真:SportCares)

「僕がイギリスに行った時に、スポーツは社会貢献にもなるよっていうのを感じたんです。僕はそれまで日本のサッカーしか知らなかったんですけど、イギリスに行った時にプレミアリーグの選手ほど奉仕活動をメチャメチャするんですよね。寄付をしたり、病院に行って子供たちに会ったりとか。色々なことを結構頻繁にやっているのにビックリしちゃって。それが150年間の歴史の中で彼らが作ってきた、本当のサッカー文化なんだろうなと。僕もそういったサッカー選手になりたいなと思って、例えばSPOON FOUNDATION(※貧困や飢えに苦しむ子供たちを支援するため、2017年4月にプロサッカー選手が中心となり発足したNPO団体)というものを立ち上げて、いまもやってるんです。サッカーをしながらでも社会貢献できる、それがサッカー選手…というのを文化にしていきたいなと思って。金額とかじゃないと思いますね。ホントに想いであって、行動することによって1人でも多くの人たちが何か感じることが大事だと思ってます。」

【後編はこちらから】

李忠成(り・ただなり)
1985年12月19日生まれ、東京都出身。
高校卒業後の2004年、FC東京U-18からトップ昇格を果たしプロの世界へ。その後は柏レイソル、サンフレッチェ広島を経て、2012年にはイングランド・プレミアリーグのサウサンプトン(※当時2部)への移籍を果たした。怪我のため出場機会に恵まれなかったものの多くのゴールに絡む活躍を見せ、中でもダービー・カウンティ戦でのゴールは「セント・メリーズの衝撃」と呼ばれ、今も地元ファンの間では語り草となっている。国内に復帰した2014年以降は浦和レッズ、横浜F・マリノス、京都サンガと渡り歩き、数多くの国内タイトルを獲得。アルビレックス新潟シンガポールの一員となった2022年シーズンでは、ゴールはもちろんチームの2年ぶりのリーグ制覇も期待されている。また代表チームでも存在感を示しており、2008年は北京五輪代表、2011年からはA代表として活躍。特に日本をアジア王者に導いたアジアカップ・カタール大会決勝、延長での劇的ボレーシュートは数ある日本代表のゴールの中でもハイライトのひとつに数えられている。

●李忠成オフィシャルウェブサイト https://www.leetadanari.com ●Twitter @Tadanari_Lee

●Instagram @tadanarilee_official ●YouTubeチャンネル 李忠成/Tadanari Lee

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KATSUDON
KATSUDONLADS FOOTBALL編集長
音楽好きでサッカー好き。国内はJ1から地域リーグ、海外はセリエAにブンデスリーガと、プロアマ問わず熱狂があれば、あらゆる試合が楽しめるお気楽人間。ピッチ上のプレーはもちろん、ゴール裏の様子もかなり気になるオタク気質。好きな選手はネドヴェド。
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